・・・しかし北側へ廻って見ると立派に対称的な火山の形を見せている。これも世界に誇るべき名山だと思う。 長万部から噴火湾の海岸を離れて内地へ這入る。人間の少ないのに驚く。ちゃんとした道路があるが通っている人影が見えない。畑に働いている人もめった・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・そのようなことの可能性を暗示する一つの根拠は、最大頻度方向より三十度以上の偏異を示す七匹のどれもがみんなその尾端を電線の南側に向けており、反対に北側に向けたのはただの一匹もなかったという事実である。 その翌日の正午ごろ自分たちの家の前を・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・ いつか上野の松坂屋の七階の食堂の北側の窓のそばに席を占めて山下の公園前停留場をながめていた。窓に張った投身者よけの金網のたった一つの六角の目の中にこの安全地帯が完全に収まっていた。そこに若い婦人が人待つふぜいで立っていると、やがて大学・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・東京辺と四国の南側の海岸とでは満潮の時刻は一時間くらいしか違わないし、満干の高さもそんなに違いませんが、四国の南側とその北側とでは満潮の時刻は大変に違って、ところによっては六時間も違い一方の満潮の時に他の方は干潮になる事もあります。また、内・・・ 寺田寅彦 「瀬戸内海の潮と潮流」
・・・清らかになまめかしい白足袋も一足落ちている。北側の胸壁にもたれて見下ろす。巡査が一人道側へ立って警戒している。何の警戒か分からぬ。しかし何かを警戒していることは分かる。 H首相が入院していた時の物々しい警戒を思い出す。悪いことをしないも・・・ 寺田寅彦 「病院風景」
・・・ 五 朝二階の寝間の床の上で目をさまして北側の中敷窓から見ると隣の風呂の煙突が見える。煙突と並行して鉄の梯子が取り付けてあるのによくすずめの群れが来て遊んでいる。まず一羽飛んで来て中段に止まる。あとからすぐに一羽・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・ 丸善の二階の北側の壁には窓がなくて、そこには文学や芸術に関する書籍が高い所から足もとまでぎっしり詰まっている。文学書では、どちらかと言えば近代の人気作家のものが多くてそれらが最も目につきやすい所に並んでいる。中学時代にわれわれが多く耳・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・それは大正八、九年のころ、浅草公園の北側をかぎっていた深い溝が埋められ、道路取ひろげの工事と共に、その辺の艶しい家が取払われた時からであろう。当時凌雲閣の近処には依然としてそういう小家がなお数知れず残っていたが、震災の火に焼かれてその跡を絶・・・ 永井荷風 「寺じまの記」
・・・ この静な道を行くこと一、二町、すぐさま万年橋をわたると、河岸の北側には大川へ突き出たところまで、同じような平たい倉庫と、貧しげな人家が立ちならび、川の眺望を遮断しているので、狭苦しい道はいよいよせまくなったように思われてくる。わたくし・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・千住へ行く乗合自動車は北側の堤防の二段になった下なる道を走って行く。道は時々低く堤を下って、用水の流に沿い、また農家の垣外を過ぎて旧道に合している。ところどころ桜の若木が植え付けられている。やがて西新井橋に近づくに従って、旧道は再び放水路堤・・・ 永井荷風 「放水路」
出典:青空文庫