・・・ その頃は医術も衛生思想も幼稚であったから、疱瘡や痲疹は人力の及び難ない疫神の仕業として、神仏に頼むより外に手当の施こしようがないように恐れていた。それ故に医薬よりは迷信を頼ったので、赤い木兎と赤い達磨と軽焼とは唯一無二の神剤であった。・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 医術というものは結局こういう造化の天然の医術の幇助者の役目を勤めるものであるらしい。名医はすなわちもっとも優秀な造化の助手であるかと思われる。 肉体における医者に相当して、精神の医者もあるはずである。そういう医者に名医ははなはだま・・・ 寺田寅彦 「鎖骨」
・・・歯科医術のまだ幼稚な明治十年代のことであるからずいぶん乱暴な荒療治であったことと想像される。 自分も、親譲りというのか、子供の時分から歯性が悪くてむし歯の痛みに苦しめられつづけて来た。十歳ぐらいのころ初めて歯医者の手術椅子一名拷問椅子に・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・又学者の説に、医学医術等には男子よりも女子を適当なりとして女医教育の必要を唱え、現に今日にても女医の数は次第に増加すと言う。何れの方面より見ても婦人の天性を無智なりと明言して之を棄てんとするは、女大学記者の一私言と言う可きのみ。 又女は・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ 当時、世に洋学者なきにあらざれども、たいてい皆、医術研究のためにする者にして、前途の目的もあることなれども、余が如きはもと医家の子にあらず、また自分に医師たらんと欲する志もなし。ただわけもなく医学塾にいて、医学生とともに荷蘭の医書を講・・・ 福沢諭吉 「成学即身実業の説、学生諸氏に告ぐ」
・・・なおはなはだしきは、医は意なりと公言して、医術は憶測に出ずるものかと誤まり認め、無稽の漢薬を服して自得する者あり。その愚の極度にいたりては、売薬をなめて万病を医せんと欲する者あり。上等社会にしてその知識の卑しきこと、実に驚くに堪えたり。・・・ 福沢諭吉 「物理学の要用」
・・・ 女性の書く本と、それを読む心理にこういう今日の生活の現実に立つ動機があるものだから、ごく最近では男のひとで、婦人の職業や結婚の問題を扱った本を出すひともあらわれて来た。 医術では、女のお医者より男のお医者の方がたよりになる気がする・・・ 宮本百合子 「女性の書く本」
出典:青空文庫