・・・「あなたはしつッこいのね、千束町よ」「あ、あの溝溜のような池があるところだろう?」「おあいにくさま、あんな池はとっくにうまってしまいましたよ」「じゃア、うまった跡にぐらつく安借家が出来た、その二軒目だろう?」「しどいわ、・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 日本橋区内では○本柳橋かかりし薬研堀の溝渠 浅草下谷区内では○浅草新堀○御徒町忍川○天王橋かかりし鳥越川○白鬚橋瓦斯タンクの辺橋場のおもい川○千束町小松橋かかりし溝○吉原遊郭周囲の鉄漿溝○下谷二長町竹町辺の溝○三味線堀。その他なお・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・仲間の職人より先に一人すたすたと千束町の住家へ帰って行く。その様子合から酒も飲まなかったらしい。 この爺さんには娘が二人いた。妹の方は家で母親と共にお好み焼を商い、姉の方はその頃年はもう二十二、三。芸名を栄子といって、毎日父の飾りつける・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・ 当時遊里の周囲は、浅草公園に向う南側千束町三丁目を除いて、その他の三方にはむかしのままの水田や竹藪や古池などが残っていたので、わたくしは二番目狂言の舞台で見馴れた書割、または「はや悲し吉原いでゝ麦ばたけ。」とか、「吉原へ矢先そろへて案・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・僕も年少の比吉原遊廓の内外では屡無頼の徒に襲われた経験がある。千束町から土手に到る間の小さな飲食店で飲んでいると、その辺を縄張り中にしている無頼漢は、必折を窺って、はなしをしかける。これが悶着の端緒である。之を避けるには便所へでも行くふりを・・・ 永井荷風 「申訳」
出典:青空文庫