一森の中。三人の盗人が宝を争っている。宝とは一飛びに千里飛ぶ長靴、着れば姿の隠れるマントル、鉄でもまっ二つに切れる剣――ただしいずれも見たところは、古道具らしい物ばかりである。第一の盗人 そのマントルをこっちへよこせ・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・ 私の仕事は私から千里も遠くに離れてしまった。それでも私はもう私を悔もうとはしなかった。お前たちの為めに最後まで戦おうとする熱意が病熱よりも高く私の胸の中で燃えているのみだった。 正月早々悲劇の絶頂が到来した。お前たちの母上は自分の病気・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・「や、や、千里眼。」 翁が仰ぐと、「あら、そんなでもありませんわ。ぽっぽ。」 と空でいった。河童の一肩、聳えつつ、「芸人でしゅか、士農工商の道を外れた、ろくでなしめら。」「三郎さん、でもね、ちょっと上手だって言います・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・それから戦争の祈祷の評判、ひとしきりは女房一件で、饅頭の餡でさえ胸を悪くしたものも、そのお国のために断食をした、お籠をした、千里のさき三年のあとのあとまで見通しだと、人気といっちゃあおかしく聞えますが、また隠居殿の曲った鼻が素直になりまして・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・偕老他年白髪を期す 同心一夕紅糸を繋ぐ 大家終に団欒の日あり 名士豈遭遇の時無からん 人は周南詩句の裡に在り 夭桃満面好手姿 丶大名士頭を回せば即ち神仙 卓は飛ぶ関左跡飄然 鞋花笠雪三千里 雨に沐し風に梳る数十年 縦ひ妖魔を・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・新内の若辰が大の贔負で、若辰の出る席へは千里を遠しとせず通い、寄宿舎の淋しい徒然には錆のある声で若辰の節を転がして喝采を買ったもんだそうだ。二葉亭の若辰の身振声色と矢崎嵯峨の屋の談志の物真似テケレッツのパアは寄宿舎の評判であった。嵯峨の屋は・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 太陽は、あきれたような顔つきをして、しばらくぼんやりと見下ろしていましたが、「私のいうことを守らんと、おまえを三千里も四千里も遠方へ追いやってしまうぞ。これから、芽が大きくなるまで、おまえはけっして、あんなに烈しく吹いてはならない・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・故郷といえば、幾百千里遠いかわからないからです。そして、帰りたいと思っても、いまや、そのすべすらなく、まったく途もなかったからであります。少女は、どうかして、やさしい人の情けによって救われたいと思いました。 空は、時雨のきそうな模様でし・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・ 黒んぼは、このとき、港の方を指さしながら、「ずっと、幾千里となく遠いところに、銀色の海があります。それを渡って陸に上がり、雪の白く光った、高い山々が重なっている、その山を越えてゆくので、それは、容易にゆけるところでない。」と答えま・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・そういう時は僕は縁のないものと諦めてしまい、千里を近しとしてその書物を探し廻ろうとは思わない。入手できない書物にあるいは潜んでいるかも知れない未知の重大な思想も、触れなければ触れないで済まして置こうと思う。未知の恋人同様、会わなければ会わな・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
出典:青空文庫