・・・日光と散歩に恵まれた彼の生活は、いつの間にか怪しい不協和に陥っていた。遠くの父母や兄弟の顔が、これまでになく忌わしい陰を帯びて、彼の心を紊した。電報配達夫が恐ろしかった。 ある朝、彼は日当のいい彼の部屋で座布団を干していた。その座布団は・・・ 梶井基次郎 「過古」
・・・完全和絃ばかりから構成されたものは音楽とはなり得ないように絵画でも幾多の不協和音や雑音に相当する要素がなければ深い面白味は生じ得ないではあるまいか。特に南画においてそういう必要があるのではあるまいか。然るに近代の多数の南画家の展覧会などに出・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・なんでも相生の代わりに相剋、協和の代わりに争闘で行かなければうそだというように教えられるのであるらしい。その理論がまだ自分にはよくわからない。 三つの音が協和して一つの和弦を構成するということは、三つの音がそれぞれ互いに著しく異なる特徴・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・音と音との協和不協和よりも前句と付け句との関係は複雑である。各句にすでに旋律があり和音があり二句のそれらの中に含まれる心像相互間の対位法的関係がある。連歌に始まり俳諧に定まった式目のいろいろの規則は和声学上の規則と類似したもので、陪音の調和・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・この同じピタゴラスがまた楽音の協和と整数の比との関係の発見者であり、宇宙の調和の唱道者であったことはよく知られているようであるが、この同じピタゴラスが豆のために命を失ったという話がディオゲネス・ライルチオスの『哲学者列伝』の中に伝えられてい・・・ 寺田寅彦 「ピタゴラスと豆」
・・・ってその結果われわれの脳髄に何事が起こるかということについては今日でも実はまだよくわかっていないのであるが、ただ甲が残して行った余響あるいは残像のようなものと、次に来る乙との間のある数量的な関係で音の協和不協和が規定されることだけは確実であ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・美しい調和、いやしい妥協ではなく、真心からとけた協和が生れない訳はないのである。 父と自分との間には、可なり迄、此点はよく行って居る。自分は、父の家庭的位置と云うことにも深い理解と同情とを感じて居る。 それ等のことは、又いつかくわし・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・おとなの世界を憎悪し、そのように不協和な自分の存在を憎み悲しまなかった若いひとびとがあるだろうか。十代の人間悲劇は、社会関係に対して稚く、しかも全く激烈であるということに特色をもっている。 文学が青春の周辺にあって、そこからはなれない理・・・ 宮本百合子 「若い人たちの意志」
出典:青空文庫