・・・我々青年は誰しもそのある時期において徴兵検査のために非常な危惧を感じている。またすべての青年の権利たる教育がその一部分――富有なる父兄をもった一部分だけの特権となり、さらにそれが無法なる試験制度のためにさらにまた約三分の一だけに限られている・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・もしか原稿はポストの周囲にでも落ちていないだろうかという危惧は、直ちに次いで我を襲うのである。そうしてどうしても三回、必ずポストを周って見る。それが夜ででもあればだが、真昼中狂気染みた真似をするのであるから、さすがに世間が憚られる、人の見ぬ・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・嫁にいこうがどうしようが、民子は依然民子で、僕が民子を思う心に寸分の変りない様に民子にも決して変りない様に思われて、その観念は殆ど大石の上に坐して居る様で毛の先ほどの危惧心もない。それであるから民子は嫁に往ったと聞いても少しも驚かなかった。・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ が、風説は雲を攫むように漠然として取留めがなく、真相は終に永久に葬むられてしまったが、歓楽極まって哀傷生ず、この風説が欧化主義に対する危惧と反感とを長じて終に伊井内閣を危うするの蟻穴となった。二相はあたかも福原の栄華に驕る平家の如くに・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・娘をメリケン兵に横取りされる危惧もそこから起ってくる。「何で、俺の肩章が分らんのだ! 何で俺のさげとる軍刀が分らんのだ!」 それが不思議だった。胸は鬱憤としていっぱいだった。「もっと思うさまやってやればよかったんだ! やってやら・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ おふくろは、息子が泥棒でもやっているのではないか、そんな危惧をさえ抱かせられていた。 僕等は、さっぱりとした。田も、畠も、金も、係累もなくなってしまった。すきなところへとんで行けた。すきな事をやることが出来た。 トシエの親爺の・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・ ところが、さまざまの委員会が、民主化のための委員会として組織された当時、吉田茂は、占領政策に対して危惧をいだいていた。その後、日本の民主化にいろいろの変調が加えられて、たとえば用紙割当委員会の権限が、ずるずると内閣に属す委員会に移され・・・ 宮本百合子 「「委員会」のうつりかわり」
・・・このことは、皆が、不幸とか災難とかについては、その種類もその数の多さも大抵は知っていて、災難というと立ちどころに、ああと思うめいめいの心当り、危惧さえ日常生活の裡には存在しているという我々の現実を語っている。前線に愛する誰彼を出しているよう・・・ 宮本百合子 「幸運の手紙のよりどころ」
・・・例えば自分の書くものは、純粋の芸術品ではあるが、十二三の子供がそれを読んで果してどういう判断を下すであろうか、という感情上の危惧が、其処に起ってきます。 次に女は毎日の実生活の上に於いて、家事上の事柄に力を浪費することも大きなものです。・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
・・・吉田首相が記者会見のとき、連合国の日本民主化方策について、はじめは危惧の念を抱かないでもなかったが、この頃は我々にも十分納得ゆくようになって欣びにたえない、と語ったことは現実的な深い内容を暗示した。ポツダム宣言、世界憲章の人類的な道義の道は・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
出典:青空文庫