・・・ 彼が茶の間から出て行くと、米噛みに即効紙を貼ったお絹は、両袖に胸を抱いたまま、忍び足にこちらへはいって来た。そうして洋一の立った跡へ、薄ら寒そうにちゃんと坐った。「どうだえ?」「やっぱり薬が通らなくってね。――でも今度の看護婦・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・その時、ぽかんと起きた、茶店の女のどろんとした顔にも、斉しく即効紙がはってある。「食るが可い。よく冷えてら。堪らねえや。だが、あれだよ、皆、渡してある小遣で各々持だよ――西瓜が好かったらこみで行きねえ、中は赤いぜ、うけ合だ。……えヘッヘ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・をもってするのみならず、患者の平生に持張して徐々に用うべき肝油・鉄剤をも、その処方を改めて鎮痛即効の物にかえんとするときは、強壮滋潤の目的を達すること能わずして、かえって鎮痛療法の過激なるに失し、全体の生力を損ずることあるべし。 ゆえに・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・その困難な仕事に比べると、各作家の内部の現実にとってもずっと手軽で耐え易く、即効的である題材での打開策、というより、やや彌縫の策がとられたことは、その後の二三年間に他の事情とも絡んで文学を非文学的なものにする多くの危険の遠因となったとともに・・・ 宮本百合子 「人生の共感」
出典:青空文庫