・・・それから思えば、何処に現在のキリスト教徒にその熱烈さと、その厳粛さと反抗の精神が燃えているか。全世界を通じてキリスト教徒の数は夥しい。若しこれらの信者が、本当に正義の観念に燃え、真理のために尽していたなら、今度の欧洲戦争の如きも未然に防ぐこ・・・ 小川未明 「反キリスト教運動」
・・・ それは人間のそうしたよろこびや悲しみを絶したある厳粛な感情であった。彼が感じるだろうと思っていた「もののあわれ」というような気持を超した、ある意力のある無常感であった。彼は古代の希臘の風習を心のなかに思い出していた。死者を納れる石棺の・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・彼らは自分を見るや一同起立して敬礼を行なう、その態度の厳粛なるは、まだ十二分に酔っていないらしい。中央に構えていた一人の水兵、これは酒癖のあまりよくないながら仕事はよくやるので士官の受けのよい奴、それが今おもしろい事を始めたところですと言う・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・この本は生の臭覚の欠けたいわゆる腐儒的道学者の感がなく、それかといって芸術的交感と社会的趨勢とに気をひかれすぎて、内面的自律の厳粛性の弱くなったきらいがなく意志の自律性を強靭に固守する点で形式的主観的でありながら、人間行為の客観的妥当性を強・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・これは自然が婦人に課したる特殊負荷であって厳粛なものでありこれがある以上、決して、職業の問題について、男子と婦人とを同一に考えるべきものではない。この意味においては、われわれは蘇露のコロンタイ女史の如く、一にも二にも託児所主義であって、男子・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・ 政元は堅固に厳粛に月日を過した。二十歳、三十歳、四十近くなった。舟岡記にその有様を記してある。曰く、「京管領細川右京太夫政元は四十歳の比まで女人禁制にて、魔法飯綱の法愛宕の法を行ひ、さながら出家の如く、山伏の如し、或時は経を読み、陀羅・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・笑いながら厳粛のことを語っていても、それは、笑いながら語っているから、ばかばかしい嘘言である。おかしい。私が夜おそく通りがかりの交番に呼びとめられ、いろいろうるさく聞かれるから、すこし高めの声で、自分は、自分は、何々であります、というあの軍・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・ ふたり、厳粛に身支度をはじめた。 あやまった人を愛撫した妻と、妻をそのような行為にまで追いやるほど、それほど日常の生活を荒廃させてしまった夫と、お互い身の結末を死ぬことに依ってつけようと思った。早春の一日である。そのつきの生活費が・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・小学校、毎年三月の修業式のときには必ず右総代として校長から賞品をいただくのであるが、その賞品を壇上の校長から手渡してもらおうと、壇の下から両手を差し出す。厳粛な瞬間である。その際、この子は何よりも、自分の差し出す両腕の恰好に、おのれの注意力・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・そうして、それを封印をして本国大学に送ってもらいたいというようなことを厳粛な口調で話していた。 領事のほうからは、本国の家族から事後の処置に関する返電の来るまで遺骸をどこかに保管してもらいたいという話があって、結局M教授の計らいでM大学・・・ 寺田寅彦 「B教授の死」
出典:青空文庫