・・・と言うのは勿論反語と言うものであります。同上 芸術 画力は三百年、書力は五百年、文章の力は千古無窮とは王世貞の言う所である。しかし敦煌の発掘品等に徴すれば、書画は五百年を閲した後にも依然として力を保っているらしい。のみな・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・佐渡は寝たかよ灯が見えぬというのは、起きていたら灯が見えるという反語なのだから、灯が見える筈だね。」つまらぬ理窟を言った。「見えません。」「そうかね。それじゃ、あの唄は嘘だね。」 生徒たちは笑った。その島だ。間違い無い。たしかに・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・世に反語というがある。白というて黒を意味し、小と唱えて大を思わしむ。すべての反語のうち自ら知らずして後世に残す反語ほど猛烈なるはまたとあるまい。墓碣と云い、紀念碑といい、賞牌と云い、綬賞と云いこれらが存在する限りは、空しき物質に、ありし世を・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・そして反語的にいえば悲しみました。それほど一人の人間として、男として無能力者が日本の絶対者としての天皇だったということは、日本中に強烈な印象を与えています。世界がもし、日本の天皇を本当の元首とよぶにふさわしい人格をもった大人であると認めたな・・・ 宮本百合子 「ファシズムは生きている」
・・・私の悟性から見れば、初め君が他人の空似は有るものだと云ったのは反語でなくてはならない。芸者が臥所へ来た時、君は浜路に襲われた犬塚信乃のように、夜具を片附けて、開き直って用向を尋ねた。さて芸者の詞を飽くまで真面目に聞いて、旨く敬して遠ざけたの・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・才能を重んずる現代の社会から、特に才能に富んだ人を集めた特殊の場所からは、あまり偉大な人が生まれて来ないという事実は、いかにも反語らしく私たちの心に響きます。私は才能を誇りながらついに何の仕事をも成し遂げない高慢な人よりも、才能の乏しい謙遜・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫