・・・しかし僕等は本気になって互に反駁を加え合っていた。ただ僕等の友だちの一人、――Kと云う医科の生徒だけはいつも僕等を冷評していた。「そんな議論にむきになっているよりも僕と一しょに洲崎へでも来いよ。」 Kは僕等を見比べながら、にやにや笑・・・ 芥川竜之介 「彼」
・・・ 愈どうにも口が出せなくなった本間さんは、そこで苦しまぎれに、子供らしい最後の反駁を試みた。「しかし、そんなによく似ている人間がいるでしょうか。」 すると老紳士は、どう云う訳か、急に瀬戸物のパイプを口から離して、煙草の煙にむせな・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・なぜならば私生児の数が多きに過ぎたならば、ここにそれを代表する生活と思想とが生まれ出て、第四階級なる生みの親に対して反駁の勢いを示すであろうから。 そして実際私生児の希望者は続々として現われ出はじめた。第四階級の自覚が高まるに従ってこの・・・ 有島武郎 「片信」
・・・今日なおその最も一般的なる定義をさえ与えられずにいるのみならず、事実においてすでに純粋自然主義がその理論上の最後を告げているにかかわらず、同じ名の下に繰返さるるまったくべつな主張と、それに対する無用の反駁とが、その熱心を失った状態をもってい・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ その次の『柵草紙』を見ると、イヤ書いた、書いた、僅か数行に足らない逸話の一節に対して百行以上の大反駁を加えた。要旨を掻摘むと、およそ弁論の雄というは無用の饒舌を弄する謂ではない、鴎外は無用の雑談冗弁をこそ好まないが、かつてザクセンの建・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・僕にはやはり一応、反駁して置きたいような気が起るのであった。 マダムはくすくす笑いながら答えた。「ええ。華族さんになって、それからお金持ちになるんですって。」 僕はすこし寒かった。足をこころもち早めた。一歩一歩あるくたびごとに、・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・来た女子大学の婆さん教授で、もうこのお方は先年物故なさいましたが、このお方のために私の或る詩集が、実に異様なくらい物凄い嘲罵を受け、私はしんそこから戦慄し、それからは、まったく一行の詩も書けなくなり、反駁したいにも、どうにも、その罵言は何の・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・とメロスは、いきり立って反駁した。「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の忠誠をさえ疑って居られる。」「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかた・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・火消したちはそれは火消しの法にそむくと言って反駁したのである。そこへ次郎兵衛があらわれた。陣州屋さん。次郎兵衛はできるだけ低い声で、しかもほとんど微笑むようにして言いだした。おまえ、間違ってはいませんか。冗談じゃないかしら。陣州屋はだしぬけ・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・しかるにいよいよ発会式となって、今申した男の演説を聴いてみると、全く私の説の反駁に過ぎないのです。故意だか偶然だか解りませんけれども勢い私はそれに対して答弁の必要が出て来ました。私は仕方なしに、その人のあとから演壇に上りました。当時の私の態・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
出典:青空文庫