・・・はや僕は己惚れを取り戻すのである。 僕はこんな風に思うのである。森鴎外でも志賀直哉でも芥川龍之介でも横光利一でも川端康成でも小林秀雄でも頭脳優秀な作家は、皆眼鏡を掛けていない。それに比べると、眼鏡を掛けた作家は云々。僕は眼鏡を掛けていな・・・ 織田作之助 「僕の読書法」
・・・いつもの不機嫌そうな表情を、円滑に、取り戻すことができたのである。「ところが、――僕には小説が書けないのだ。君は怪談を好むたちだね?」「ええ、好きですよ。なによりも、怪談がいちばん僕の空想力を刺激するようです」「こんな怪談はどう・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・喧嘩で、一たび失ったこの女の歓心を取り戻すことは出来ない。それはポルジイにも分かっているから、我ながら腑甲斐なく思う。しかし平生克己ということをしたことのない男だから、またしては怒に任せて喧嘩をする。 ある日ドリスが失踪した。暇乞もせず・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・しかしそれも一日経ったらすぐ馴れてしまって日本人の吸う敷島の味を完全に取り戻すことが出来た。 ドイツ滞在中はブリキ函に入った「マノリ」というのを日常吸っていた。ある時下宿の老嬢フロイライン・シュメルツァー達と話していたら、何かの笑談を云・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ 諸国を旅してみてもいったん売った電車切符をまた取り戻すような国は稀であった。それで私は国々で乗った電車切符を記念に集めて持ち帰る事が出来た。この妙な機会に私はこれで張り交ぜの屏風でも作って「人を盗賊と思わない国々」の美しい想い出にしよ・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・河合栄治郎氏が、氏としての熱誠を傾けたこの論文の中で、若き時代に健全な人間性を取り戻すためには、従来の意味での形而上学的の理想主義の人生観を彼等の中に確立させてやらねばならないと主張しておられる。「希望館」の山村がそれに対する闘いは全く放棄・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムへの道」
出典:青空文庫