・・・電池が悪いかと思って取り換えてもすぐいけなくなる。よく調べてみると銅線の接合した所はハンダ付けもしないでテープも巻かずにちょっとねじり合わせてあるのだが、それが台所の戸棚の中などにあるからまっ黒くさびてしまっている。それをみがいて継ぎ直した・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・ 家人に聞いてみると、せんだって四つ目垣の朽ちたのを取り換えたとき、植木屋だか、その助手だかが無造作に根こそぎ引きむしってしまったらしい。 植物を扱う商売でありながら植物をかわいがらない植木屋もあると見える。これではまるで土方か牛殺・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・と傍にあッた湯呑みと取り替え、「満々注いでおくれよ」「そろそろお株をお始めだね。大きい物じゃア毒だよ」「毒になッたッてかまやアしない。お酒が毒になッて死んじまッたら、いッそ苦労がなくッて……」と、吉里はうつむき、握ッていた西宮の手へ・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・妻を離別するも可なり、妾を畜うも可なり、一妾にして足らざれば二妾も可なり、二妾三妾随時随意にこれを取替え引替うるもまた可なり。人事の変遷、長き歳月を経る間には、子孫相続の主義はただに口実として用いらるるのみならず、早く既にその主義をも忘却し・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・鳩の卵を抱いているとき、卵と白墨の角をしたのと取り換えて置くと、やはりその白墨を抱いている。目的は余所になって、手段だけが実行せられる。塵を取るためとは思わずに、はたくためにはたくのである。 尤もこの女中は、本能的掃除をしても、「舌の戦・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・こんな風に奉公先を取り替えて、天保六年の春からは御茶の水の寄合衆酒井亀之進の奥に勤めていた。この酒井の妻は浅草の酒井石見守忠方の娘である。 未亡人もりよも敵のありかを聞き出そうと思っていて、中にもりよは昼夜それに心を砕いていたが、どうし・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・そして室町の達見へ寄って、お上さんに下女を取り替えることを頼んだ。お上さんは狆の頭をさすりながら、笑ってこう云った。「あんた様は婆あさんがええとお云なされたがな。」「婆あさんはいかん。」「何かしましたかな。」「何もしたのじゃ・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・ 改まって主人に暇乞をしなくてはならないような席でもなし、集まった客の中には、外に知人もなかったのを幸に、僕は黙って起って、舟から出るとき取り換えられた、歯の斜に耗らされた古下駄を穿いて、ぶらりとこの怪物屋敷を出た。少し目の慣れるまで、・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫