・・・その時はこう云う彼の言も、単に一場の口頭語として、深く気にも止めませんでしたが、今になって思い合わすと、実はもうその言の中に傷しい後年の運命の影が、煙のように這いまわっていたのです。が、それは追々話が進むに従って、自然と御会得が参るでしょう・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 本間さんは何だか、口頭試験でもうけているような心もちになった。この相手の口吻には、妙に人を追窮するような所があって、それが結局自分を飛んでもない所へ陥れそうな予感が、この時ぼんやりながらしたからである。そこで本間さんは思い出したように・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・ 翌晩も、また翌晩も、連夜の事できっと時刻を違えず、その緑青で鋳出したような、蒼い女が遣って参り、例の孤家へ連れ出すのだそうでありますが、口頭ばかりで思い切らない、不埒な奴、引摺りな阿魔めと、果は憤りを発して打ち打擲を続けるのだそうでご・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・とは思わず口頭に迸った質問で、もちろん細君が一方ならず同情を主人の身の上に寄せたからである。しかし主人はその質問には答えなかった。「それを今更話したところで仕方がない。天下は広い、年月は際涯無い。しかし誰一人おれが今ここで談す話を虚・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・事に当りて論ず可きは大に論じて遠慮に及ばずと雖も、等しく議論するにも其口調に緩急文野の別あれば、其辺は格別に注意す可き所なり。口頭の談論は紙上の文章の如し。等しく文を記して同一様の趣意を述ぶるにも、其文に優美高尚なるものあり、粗野過激なるも・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・という短篇をかいておられるが、そこにも女学校入学試験のために苦しむ親の心、子の心が語られていて印象にのこった。口頭試問というものが、いろいろむずかしい問題をふくんでいるということが、この小説から与えられた印象の焦点をなした。G学園とかいてあ・・・ 宮本百合子 「新入生」
出典:青空文庫