暑い日に、愛らしく溌剌とした若い娘たちが樹かげにかたまって立って、しきりに何か飲みたがっている。ああ、これはどうかしらんといって、樹かげの見捨てられた古屋台の中から、すっかり気がぬけて、腐っている色付ミカン水の瓶をひっぱり・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
・・・それを這入ると、向うに煤けたような古家の玄関が見えているが、そこまで行く間が、左右を外囲よりずっと低いかなめ垣で為切った道になっていて、長方形の花崗石が飛び飛びに敷いてある。僕に背中を見せて歩いていた、偶然の先導者はもう無事に玄関近くまで行・・・ 森鴎外 「百物語」
・・・牛込から古家を持って来て建てさせたのである。それへ引き越すとすぐに仲平は松島まで観風旅行をした。浅葱織色木綿の打裂羽織に裁附袴で、腰に銀拵えの大小を挿し、菅笠をかむり草鞋をはくという支度である。旅から帰ると、三十一になるお佐代さんがはじめて・・・ 森鴎外 「安井夫人」
出典:青空文庫