・・・ 小さな葉、可愛らしい花、それは朝日を一面に受けて輝きわたっているではないか。 総べてのものは、よりよく生きようとする。ブルジョア、プロレタリア―― 私はプロレタリアとして、よりよく生きるために、ないしはプロレタリアを失くするた・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・睨まれると凄いような、にッこりされると戦いつきたいような、清しい可愛らしい重縁眼が少し催涙で、一の字眉を癪だというあんばいに釣り上げている。纈り腮をわざと突き出したほど上を仰き、左の牙歯が上唇を噛んでいるので、高い美しい鼻は高慢らしくも見え・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
○昔から名高い恋はいくらもあるがわれは就中八百屋お七の恋に同情を表するのだ。お七の心の中を察すると実にいじらしくていじらしくてたまらん処がある。やさしい可愛らしい彼女の胸の中には天地をもとろかすような情火が常に炎々として燃えて居る。その・・・ 正岡子規 「恋」
・・・ 赤い焔に包まれて、歎き叫んで手足をもだえ、落ちて参る五人、それからしまいに只一人、完いものは可愛らしい天の子供でございました。 そして須利耶さまは、たしかにその子供に見覚えがございました。最初のものは、もはや地面に達しまする。それ・・・ 宮沢賢治 「雁の童子」
・・・青年のうしろにもひとり十二ばかりの眼の茶いろな可愛らしい女の子が黒い外套を着て青年の腕にすがって不思議そうに窓の外を見ているのでした。「ああ、ここはランカシャイヤだ。いや、コンネクテカット州だ。いや、ああ、ぼくたちはそらへ来たのだ。わた・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・とその沢山の可愛らしい部下とが又出て来て、庭に抛り出されたあのおみやげの藁の苞を、かさかさ引いた、たしかにその音がしたとみんながさっきも話していました。 宮沢賢治 「とっこべとら子」
・・・ 御玉串を供えて、白絹に被われる小さい可愛らしい棺の前にぬかずいた時今までの涙はもう止められない勢を持って流れ落ちた。 様々の思い――悲しみと悔い、心を痛めて起る様々の思いに頭が乱されてクラクラとなった、今にも何か口走りそうであった・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・「へえ、何どっしゃろ……偉い可愛らしい手どっせ」 肉の薄い血色のわるい掌であった。然し、彼女がたった三本だけ名を知っている掌筋のうち、恋愛の筋がいかにもよそで聞いた女将の身の上と符合しているようなので、ひろ子は少し喫驚した。「ほ・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・ 毎朝鳥の餌を運んで行く「みかん箱」にまで「第何号」「鶏舎専用」などと書いて居る。 可愛らしい事だと思って見て居ると、バタバタ、バタバタ一人ではねくり返って居た八つの子がそばによって来て私の□□(を見てくれと云う。 手を引っぱら・・・ 宮本百合子 「後庭」
・・・本当にこれらの人々にもなつかしい親もあろう、可愛らしい妻子もあろう、親しい交わりの友もあろう、身を任せた主君もあろう、それであッてこのありさま,刃の串につんざかれ、矢玉の雨に砕かれて異域の鬼となッてしまッた口惜しさはどれほどだろうか。死んで・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫