・・・の説明をおわると、今度は僕やラップといっしょに右側の龕の前へ歩み寄り、その龕の中の半身像にこういう説明を加え出しました。「これは我々の聖徒のひとり、――あらゆるものに反逆した聖徒ストリントベリイです。この聖徒はさんざん苦しんだあげく、ス・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・そうしてその町の右側に、一軒の小さな八百屋があって、明く瓦斯の燃えた下に、大根、人参、漬け菜、葱、小蕪、慈姑、牛蒡、八つ頭、小松菜、独活、蓮根、里芋、林檎、蜜柑の類が堆く店に積み上げてある。その八百屋の前を通った時、お君さんの視線は何かの拍・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・僕はK君の先に立ったまま、右側の小みちへ曲って行った。小みちは要冬青の生け垣や赤のふいた鉄柵の中に大小の墓を並べていた。が、いくら先へ行っても、先生のお墓は見当らなかった。「もう一つ先の道じゃありませんか?」「そうだったかも知れませ・・・ 芥川竜之介 「年末の一日」
・・・なだれに帯板へ下りようとする角の処で、頬被した半纏着が一人、右側の廂が下った小家の軒下暗い中から、ひたひたと草履で出た。 声も立てず往来留のその杙に並んで、ひしと足を留めたのは、あの、古井戸の陰から、よろりと出て、和尚に蝋燭の燃えさしを・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・あたかもその距離の前途の右側に、真赤な人のなりがふらふらと立揚った。天象、地気、草木、この時に当って、人事に属する、赤いものと言えば、読者は直ちに田舎娘の姨見舞か、酌婦の道行振を瞳に描かるるであろう。いや、いや、そうでない。 そこに、就・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・寒々とした薄暗い焼跡を上本町八丁目まで歩き、上宮中学のまえを真っ直ぐ三町ばかし行くと、右側にこぢんまりした二階建のしもた家があった。「ここです」天辰の主人が玄関の戸をあけると、その鈴の音で二十前後の娘が出て来た。唇をきっと結び、美しい眼・・・ 織田作之助 「世相」
・・・その隣りは竹林寺で、門の前の向って右側では鉄冷鉱泉を売っており、左側、つまり共同便所に近い方では餅を焼いて売っていた。醤油をたっぷりつけて狐色にこんがり焼けてふくれているところなぞ、いかにもうまそうだったが、買う気は起らなかった。餅屋の主婦・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・その隣りにはモデルの一人で発起人となった倉富。右側にはやはりモデルの一人で発起人の佐々木と土井。その向側にはおもに新聞雑誌社から職業的に出席したような人たちや、とにかくかなり広く文壇の批評家といった人々を網羅した観がある。私は笹川の得意さを・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・自分の影は左側から右側に移しただけでやはり自分の前にあった。そして今は乱されず、鮮かであった。先刻自分に起ったどことなく親しい気持を「どうしてなんだろう」と怪しみ慕しみながら自分は歩いていた。型のくずれた中折を冠り少しひよわな感じのする頚か・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・まだ炎熱いので甲乙は閉口しながら渓流に沿うた道を上流の方へのぼると、右側の箱根細工を売る店先に一人の男が往来を背にして腰をかけ、品物を手にして店の女主人の談話しているのを見た。見て行き過ぎると、甲が、「今あの店にいたのは大友君じゃアなか・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
出典:青空文庫