・・・しかし、いちどは、はっきり、合せ鏡して見とどけて置く必要は、ある。いちど見た人は、その人は、思案深くなるだろう。謙譲になるだろう。神の問題を考えるようになるだろう。 重ねていう。私は、ヴァニティを悪いものだとは言っていない。それは或る場・・・ 太宰治 「答案落第」
・・・しばらく、鏡の中の裸身を見つめているうちに、ぽつり、ぽつり、雨の降りはじめのように、あちら、こちらに、赤い小粒があらわれて、頸のまわり、胸から、腹から、背中のほうにまで、まわっている様子なので、合せ鏡して背中を写してみると、白い背中のスロオ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・女自身、ましてインテリゲンツィアの女のひとが、とかく抽象的に自己完成のための仕事を偏重して、それを正々堂々と職業として、それ相当な社会的評価を求めようとしなかった傾向はふるい社会の通念を計らずも裏から合せ鏡で照り返しているようなものだといえ・・・ 宮本百合子 「現実の道」
出典:青空文庫