・・・衆徳備り給う処女マリヤに御受胎を告げに来た天使のことを、厩の中の御降誕のことを、御降誕を告げる星を便りに乳香や没薬を捧げに来た、賢い東方の博士たちのことを、メシアの出現を惧れるために、ヘロデ王の殺した童子たちのことを、ヨハネの洗礼を受けられ・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・ 本間さんの議論が一段落を告げると、老人は悠然とこう云った。「そうしてその仮定と云うのは、今君が挙げた加治木常樹城山籠城調査筆記とか、市来四郎日記とか云うものの記事を、間違のない事実だとする事です。だからそう云う史料は始めから否定し・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・船中の客は別れるのに臨んで姓名を告げるのを例としていた。書生は始めて益軒を知り、この一代の大儒の前に忸怩として先刻の無礼を謝した。――こう云う逸事を学んだのである。 当時のわたしはこの逸事の中に謙譲の美徳を発見した。少くとも発見する為に・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 老人は杜子春に別れを告げると、又あの竹杖に跨って、夜目にも削ったような山々の空へ、一文字に消えてしまいました。 杜子春はたった一人、岩の上に坐ったまま、静に星を眺めていました。するとかれこれ半時ばかり経って、深山の夜気が肌寒く薄い・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・「神、その独子、聖霊及び基督の御弟子の頭なる法皇の御許によって、末世の罪人、神の召によって人を喜ばす軽業師なるフランシスが善良なアッシジの市民に告げる。フランシスは今日教友のレオに堂母で説教するようにといった。レオは神を語るだけの弁才を・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・夫としていた男に別を告げる手紙もなく、子供等に暇乞をする手紙もなかった。ただ一度檻房へ来た事のある牧師に当てて、書き掛けた短い手紙が一通あった。牧師は誠実に女房の霊を救おうと思って来たのか、物珍らしく思って来て見たのか、それは分からぬが、兎・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・ 早く見つけたつばめは、それをまだ知らない友だちに告げるために、空高く舞い上がって、紺色の美しい翼をひるがえしながら、「赤い船がきましたよ。さあ、もう私たちは、立つときです。どうか、遠方にいるお友だちに知らせてください。」といいまし・・・ 小川未明 「赤い船とつばめ」
・・・ 休みの時間に、彼は、老先生の前へいって、東京へ出る、決心をしたことを告げると、「君がいってくれたら、山本くんも喜ぶだろう。ただ注意することは、第一に、なにごとも忍耐だ。つぎに、男子というものは、心に思ったことは、はきはきと返事をす・・・ 小川未明 「空晴れて」
・・・スバーは、自分が子供の時から友達であったもの達に別れを告げる為、牛小舎に入って行きました。彼女は自分で芻草をやりました。彼女は、牛達の頸にすがりつき、その顔をつくづくと眺めました。言葉に代って物を云う、両方の眼からこぼれる涙は止めようもあり・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・夫としていた男に別を告げる手紙も無く、子供等に暇乞をする手紙も無かった。唯一度檻房へ来た事のある牧師に当てて、書き掛けた短い手紙が一通あった。牧師は誠実に女房の霊を救おうと思って来たのか、物珍らしく思って来て見たのか、それは分からぬが、兎に・・・ 太宰治 「女の決闘」
出典:青空文庫