・・・むしろ、冷然として、煙管を啣えたり、鼻毛をぬいたりしながら、莫迦にしたような眼で、舞台の上に周旋する鼠の役者を眺めている。けれども、曲が進むのに従って、錦切れの衣裳をつけた正旦の鼠や、黒い仮面をかぶった浄の鼠が、続々、鬼門道から這い出して来・・・ 芥川竜之介 「仙人」
・・・ 腰元はその間に周旋せり。夫人は重げなる頭を掉りぬ。看護婦の一人は優しき声にて、「なぜ、そんなにおきらいあそばすの、ちっともいやなもんじゃございませんよ。うとうとあそばすと、すぐ済んでしまいます」 このとき夫人の眉は動き、口は曲・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・「お前が役者になる気なら、僕が十分周旋してやらア」「どこへ、本郷座? 東京座? 新富座?」「どこでもいいや、ね、それは僕の胸にあるんだ」「あたい、役者になれば、妹もなりたがるにきまってる。それに、あたいの子――」「え、お・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・というのであった、彼も頗る不思議だとは思ったが、ただそれくらいのことに止まって、別に変った事も無かったので、格別気にも止めずに、やがて諸国の巡業を終えて、久振で東京に帰った、すると彼は間もなく、周旋する人があって、彼は芽出度く女房を娶った。・・・ 小山内薫 「因果」
・・・木賃宿を泊り歩いているうちに周旋屋にひっ掛って、炭坑へ行ったところ、あらくれの抗夫達がこいつ女みてえな肌をしやがってと、半分は稚児苛めの気持と、半分は羨望から無理矢理背中に刺青をされた。一の字を彫りつけられたのは、抗夫長屋ではやっていた、オ・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・上京した彼女が一先ず落ち着いた所は、ところもあろうに昔彼女が世話になったことのあるいかがわしい周旋屋であった。文部省へ出頭する口実を設けてしばしば上京するたび、宿屋へ呼び寄せて会うていた校長は、さすがに彼女のいわゆる「叔母の家」の怪しさを嗅・・・ 織田作之助 「世相」
・・・もと北の新地にやはり芸者をしていたおきんという年増芸者が、今は高津に一軒構えてヤトナの周旋屋みたいなことをしていた。ヤトナというのはいわば臨時雇で宴会や婚礼に出張する有芸仲居のことで、芸者の花代よりは随分安上りだから、けちくさい宴会からの需・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・わしを引っぱり出して五円でも十円でもかせがそうとするのだ、その証拠には、せんだってごろまでは遊んで暮らすのはむだだ、足腰の達者なうちは取れる金なら取るようにするが得だ、叔父さんが出る気さえあればきっと周旋する、どうせ隠居仕事のつもりだから十・・・ 国木田独歩 「二老人」
・・・ 小学校を卒業するや、僕は県下の中学校に入ってしまい、しばらく故郷を離れたが正作は家政の都合でそういうわけにゆかず、周旋する人があって某銀行に出ることになり給料四円か五円かで某町まで二里の道程を朝夕往復することになった。 間もなく冬・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・何か、一寸売買に口をかけると、必ず、五分の周旋料は、せしめずに置かない男だ。人々は、おじけて、なるべく熊さんの手にかけないようにする。熊さんを忌避する。が、熊さんは、売買ごとにかけると犬のような鼻を持っていた。どこから、どうして嗅ぎつけて来・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
出典:青空文庫