・・・二人は苦しい焦燥の中に、三年以前返り打に遇った左近の祥月命日を迎えた。喜三郎はその夜、近くにある祥光院の門を敲いて和尚に仏事を修して貰った。が、万一を慮って、左近の俗名は洩らさずにいた。すると寺の本堂に、意外にも左近と平太郎との俗名を記した・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ 僕の母の命日は十一月二十八日である。又戒名は帰命院妙乗日進大姉である。僕はその癖僕の実父の命日や戒名を覚えていない。それは多分十一の僕には命日や戒名を覚えることも誇りの一つだった為であろう。二 僕は一人の姉を持っている・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・七日経ってちょうど橘之助が命日のことであった。「菊ちゃん、」「姉さん、」 二人は顔を見合せたが、涙ながらに手を合せて、捧げ持って、「南無阿弥陀仏、」「南無阿弥陀仏。」 折から洲崎のどの楼ぞ、二階よりか三階よりか、海へ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・見えなくなった日を命日にしている位でございましたそうですが、七年ばかり経ちましてから、ふいと内の者に姿を見せたと申しますよ。 それもね、旦那様、まともに帰って来たのではありません。破風を開けて顔ばかり出しましたとさ、厭じゃありませんか、・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・が、同じ月、同じ夜のその命日は、月が晴れても、附近の町は、宵から戸を閉じるそうです、真白な十七人が縦横に町を通るからだと言います――後でこれを聞きました。 私は眠るように、学校の廊下に倒れていました。 翌早朝、小使部屋の炉の焚火に救・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・(がぶりと呑んで掌別して今日は御命日だ――弘法様が速に金ぴかものの自動車へ、相乗にお引取り下されますてね。万屋 弘法様がお引取り下さるなら世話はないがね、村役場のお手数になっては大変だ。ほどにしておきなさいよ。(店の内に入人形使 (・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・二人ともその命日は長く忘れませんと申すのでありまする。 飛んだ長くなりまして、御退屈様、済みませんでございました、失礼。明治三十三年五月 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・前の月の命日に参詣をしました時、山門を出て……あら、このいい日和にむら雨かと思いました。赤蜻蛉の羽がまるで銀の雨の降るように見えたんです。」「一ツずつかね。」「ひとツずつ?」「ニツずつではなかったかい。」「さあ、それはどうで・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 毎年十月十八日の彼の命日には、私の住居にほど近き池上本門寺の御会式に、数十万の日蓮の信徒たちが万燈をかかげ、太鼓を打って方々から集まってくるのである。 スピリットに憑かれたように、幾千の万燈は軒端を高々と大群衆に揺られて、後か・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・神宮様へ二つ、お仏器が荒神様へ一つ、鬼子母神様と摩利支天様とへ各一つ宛、御祖師様へ五つ、家廟へは日によって違うが、それだけは毎日欠かさず御茶を供えて、そらから御膳をあげるので、まだ此上に先祖代々の忌日命日には仏前へ御糧供というを上げねばなら・・・ 幸田露伴 「少年時代」
出典:青空文庫