・・・会の翌日、私はその品物全部を質屋へ持って行った。そうして、とうとう流してしまったのである。 この会には、中畑さんと北さんにも是非出席なさるようにすすめたのだが、お二人とも出席しなかった。遠慮したのかも知れない。あるいは御商売がいそがしく・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・ その時に一つ困った事は、私がたとえばある器物か絵かに特別の興味を感じて、それをもう少し詳しくゆっくり見たいと思っても、案内者はすべての品物に平等な時間を割り当てて進行して行くのだから、うっかりしているとその間にずんずんさきへ行ってしま・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・またその品物の製作者やその時代に関する歴史的聯想も加わる。あるいは昔の所蔵者が有名な人であった場合にはその人に関する聯想が骨董的の価値を高める事もある。あるいはまた単にその物が古いために現今稀有である、類品が少ないという考えに伴う愛着の念が・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・千住の名産寒鮒の雀焼に川海老の串焼と今戸名物の甘い甘い柚味噌は、お茶漬の時お妾が大好物のなくてはならぬ品物である。先生は汚らしい桶の蓋を静に取って、下痢した人糞のような色を呈した海鼠の腸をば、杉箸の先ですくい上げると長く糸のようにつながって・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・人生上芸術上、ともに一種の因果によって、西洋に発展した歴史の断面を、輪廓にして舶載した品物である。吾人がこの輪廓の中味を充じゅうじんするために生きているのでない事は明かである。吾人の活力発展の内容が、自然にこの輪廓を描いた時、始めて自然主義・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・と呟きながら、品物でも値切るように、クドクドと吉田を口説いた。 吉田の老い衰えた母は、蝸牛のように固くなって、耳に指で栓をして、息を殺していた。 ひどい急坂を上る機関車のような、重苦しい骨の折れる時間が経った。 毎朝、五時か五時・・・ 葉山嘉樹 「生爪を剥ぐ」
・・・この箪笥はわたしが貴方に頂いた御文を貴方の下すった品物と一しょに入れて置いた処でございます。わたしのためには御文も品物も優しい唇で物をいってくれました。何日やら蒸暑い日の夕方に、雨が降って来た時に貴方と二人でこの窓の処に立って濡れた樹々の梢・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・引越しの手伝いをしてくれた女のひとが、さし当りの入用品として、それらの品物を近所でそろえてくれた。かえって来て、釜、庖丁の類を私の前に並べ「マア、おっかないみたいなもんですよ。このお釜は、きのうの相場なんですって」といった。鉄類は一日一日、・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
・・・ん坊の子供の事や、ポルトセエドで上陸して見たと云う、ステレオチイプな笑顔の女芸人が種々の楽器を奏する国際的団体の事や、マルセイユで始て西洋の町を散歩して、嘘と云うものを衝かぬ店で、掛値と云うもののない品物を買って、それを持って帰ろうとして、・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・集るものは瓦と黴菌と空壜と、市場の売れ残った品物と労働者と売春婦と鼠とだ。「俺は何事を考えねばならぬのか。」と彼は考えた。 彼は十銭の金が欲しいのだ。それさえあれば、彼は一日何事も考えなくて済むのである。考えなければ彼の病は癒るのだ・・・ 横光利一 「街の底」
出典:青空文庫