・・・そして小屋の前に立ちはだかって、囀るように半ば夢中で仁右衛門夫婦を罵りつづけた。 仁右衛門は押黙ったまま囲炉裡の横座に坐って佐藤の妻の狂態を見つめていた。それは仁右衛門には意外の結果だった。彼れの気分は妙にかたづかないものだった。彼れは・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・が、何処の巣にいて覚えたろう、鵯、駒鳥、あの辺にはよくいる頬白、何でも囀る……ほうほけきょ、ほけきょ、ほけきょ、明かに鶯の声を鳴いた。目白鳥としては駄鳥かどうかは知らないが、私には大の、ご秘蔵――長屋の破軒に、水を飲ませて、芋で飼ったのだか・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・そのあたりからもみじ葉越しに、駒鳥の囀るような、芸妓らしい女の声がしたのであったが―― 入交って、歯を染めた、陰気な大年増が襖際へ来て、瓶掛に炭を継いで、茶道具を揃えて銀瓶を掛けた。そこが水屋のように出来ていて、それから大廊下へ出入口に・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 鳥の羽音、囀る声。風のそよぐ、鳴る、うそぶく、叫ぶ声。叢の蔭、林の奥にすだく虫の音。空車荷車の林を廻り、坂を下り、野路を横ぎる響。蹄で落葉を蹶散らす音、これは騎兵演習の斥候か、さなくば夫婦連れで遠乗りに出かけた外国人である。何事をか声・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・夜に囀る小鳥は、めずらしい。私は子供のような好奇心でもって、その小鳥の正体を一目見たいと思いました。立ちどまって首をかしげ、樹々の梢をすかして見ました。ああ、私はつまらないことを言っています。ごめん下さい。旦那さま、お仕度は出来ましたか。あ・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・夏冬ともに人の声よりも小鳥の囀る声が耳立つかと思われる。 生垣の間に荷車の通れる道がある。 道の片側は土地が高くなっていて、石段をひかえた寂しい寺や荒れ果てた神社があるが、数町にして道は二つに分れ、その一筋は岡の方へと昇るやや急な坂・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・ お天気の好い日には、其の沢山の葉が、みな日光にキラキラと輝き、下萌えの草は風に戦ぎ、何処か見えない枝の蔭で囀る小鳥の声が、チイチクチクチクと、楽しそうに合唱します。真個に輝く太陽や、樹や小鳥は、美しゅうございます。 政子さんも、そ・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・ 二十日ほど前に誕生した雛共が、一かたまりの茶黄色のフワフワになって、母親の足元にこびりつきながら、透き通るような声で、 チョチョチョチョチョ…… と絶間なく囀るのを、親鳥の クヮ……クウクウ……クヮ……という愛情に満ち・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 小鳥が群がって囀るような声である。 皆子供に違ない。女の子に違ない。「早くいらっしゃいよ。いつでもあなたは遅れるのね。早くよ」「待っていらっしゃいよ。石がごろごろしていて歩きにくいのですもの」 後れ先立つ娘の子の、同じ・・・ 森鴎外 「杯」
出典:青空文庫