・・・彼の目は一塊の炭火のように不断の熱を孕んでいる。――そう云う目をしているのですよ。 主筆 天才はきっと受けましょう。 保吉 しかし妙子は外交官の夫に不足のある訣ではないのです。いや、むしろ前よりも熱烈に夫を愛しているのです。夫もまた・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・消える時に見ると、裙子は紗のように薄くなって、その向うにある雲の塊を、雲母のように透かせている。 その後からは、彼の生まれた家の後にある、だだっ広い胡麻畑が、辷るように流れて来た。さびしい花が日の暮を待つように咲いている、真夏の胡麻畑で・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・昆布岳の斜面に小さく集った雲の塊を眼がけて日は沈みかかっていた。草原の上には一本の樹木も生えていなかった。心細いほど真直な一筋道を、彼れと彼れの妻だけが、よろよろと歩く二本の立木のように動いて行った。 二人は言葉を忘れた人のようにいつま・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・だがその二十人ほどは道側の生垣のほとりに一塊りになって、何かしゃべりながらも飛びまわることはしないでいたのだ。興味の深い静かな遊戯にふけっているのであろう。彼がそのそばをじろじろ見やりながら通って行っても、誰一人振り向いて彼に注意するような・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・が、真夏などは暫時の汐の絶間にも乾き果てる、壁のように固まり着いて、稲妻の亀裂が入る。さっと一汐、田越川へ上げて来ると、じゅうと水が染みて、その破れ目にぶつぶつ泡立って、やがて、満々と水を湛える。 汐が入ると、さて、さすがに濡れずには越・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・戦争の火は人間の心を焼き清めて、一生懸命の塊りにして呉れる。然し、こおうなればどこまでもこわいものやさかい、その方でまた気違いになるんもある。どッちゃにせい、気違いや。大石軍曹などは一番ええ、一番えらい方の気違いや。」「うちの人もどっち・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・手入をせられた事のない、銀鼠色の小さい木の幹が、勝手に曲りくねって、髪の乱れた頭のような枝葉を戴いて、一塊になっている。そして小さい葉に風を受けて、互に囁き合っている。 この森の直ぐ背後で、女房は突然立ち留まった。その様子が今まで人に追・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・子供はかごの中をのぞきながら、「銭は持っていないが、ここに、さんごや真珠や金の塊があります。これで売ってください。私の着物でありません。お爺さんの着る着物です。」と申しました。 呉服屋の番頭は、うさんな目つきで、輝く真珠や、あか・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・そして大きな石をあげて見る、――いやはや悪魔共が居るわ/\、塊り合ってわな/\ぶる/\慄えている。それをまた婆さんが引掴んで行って、一層ひどくコキ使う。それでもどうしても云うことを聴かない奴は、懲 これがKの、西蔵のお伽噺――恐らくはK・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・その部屋のなかには白い布のような塊りが明るい燈火に照らし出されていて、なにか白い煙みたようなものがそこから細くまっすぐに立ち騰っている。そしてそれがだんだんはっきりして来るんですが、思いがけなくその男がそこに見出したものはベッドの上にほしい・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫