・・・望みが遂げられた時の喜びの笑い、これも無理なしにここの仮説の圏内にはいる。 少しむつかしくなるのは、得意な時の自慢笑い、軽侮した時の冷笑などである。しかしにはとの混合があり、にはやの錯雑がある。苦笑というのがある。これは自分を第・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・問題は単に智愚を界する理性一遍の墻を乗り超えて、道義の圏内に落ち込んで来るのである。 木村項だけが炳として俗人の眸を焼くに至った変化につれて、木村項の周囲にある暗黒面は依然として、木村項の知られざる前と同じように人からその存在を忘れられ・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
・・・のことは簡単にこれで済んでしまった。それからどこをどう話が通ったか覚えていないが、三十分ばかりたつうちに、自分も重吉もいつのまにか、いわゆる「あのこと」の圏内で受け答えをするようになった。「いったいどうする気なんだい」「どうする気だ・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・すると同圏内で競争が起ります。この競争の刺激によって、作物がだんだん深さを増して来る。種類が同じだから深さ以外に競争のしようがないのであります。 今一つの競争は圏外に新手が出る事であります。これから新たに文壇に顔を出そうと機を覗っている・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・の場合よりも、もっと文学の圏内におこったことの感じであった。「暗夜行路」をくりかえしよんだ私たちの年代のものは、千円の本をつくる作家志賀直哉に対し、もし事実であるならば暗然とした心もちがある。闇の紙で出した部数が多ければ多いほど、これだけ無・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・因襲の圏内にうろついている作は凡作である。因襲の目で芸術を見れば、あらゆる芸術が危険に見える。 芸術は上辺の思量から底に潜む衝動に這入って行く。絵画で移り行きのない色を塗ったり、音楽が chromatique の方嚮に変化を求めるように・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・ もし新しき文学が、コンミニズム文学と新感覚派文学の二つであるとするならば、そのいずれが、果して文学の圏内に於て、より新しくして広闊なる文学となるべきであろうか。 われわれは考えねばならぬ。もしもコンミニズム文学が、曾て用い・・・ 横光利一 「新感覚派とコンミニズム文学」
・・・外容はとにかく、すべての人および物に対して自分の心持ちは頑固に自尊の圏内を出でなかった。人および物に対する同情と理解との欠乏は、自分の心の全面に嘲笑と憤怒とを漲らしめた。人に頼ることを恥じるとともに、人に活らき掛けることをも好まなかった。孤・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
出典:青空文庫