・・・耡き起される土壌は適度の湿気をもって、裏返るにつれてむせるような土の香を送った。それが仁右衛門の血にぐんぐんと力を送ってよこした。 凡てが順当に行った。播いた種は伸をするようにずんずん生い育った。仁右衛門はあたり近所の小作人に対して二言・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・一つの種子の生命は土壌と肥料その他唯物的の援助がなければ、一つの植物に成育することができないけれども、そうだからといって、その種子の生命は、それが置かれた環境より価値的に見て劣ったものだということができないのと同じことだ。 しかるに空想・・・ 有島武郎 「想片」
・・・のみならずまた火山の噴出は植物界を脅かす土壌の老朽に対して回春の効果をもたらすものとも考えられるのである。 このようにわれらの郷土日本においては脚下の大地は一方においては深き慈愛をもってわれわれを保育する「母なる土地」であると同時に、ま・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・また根の周囲の土壌の質や水分供給の差異によるとも思われなかった。それからまた、関東震災のときに焼けたのと焼けなかったのとの区別によるのではないかとの説もあったが、なかなかそれだけのことでは決定されそうにない。そういう外部の物理的化学的条件だ・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・また穀物の生長に及ぼす、光、熱、電気等の影響とか、土壌の物質的性質とかいう問題でも、一つとして物理学の応用を待たぬものはない。また農具の研究並びにその改良等も従来の型を離れて新しい発展をしようとするにはどうしても物理学、力学の応用に依る外は・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・ 次には大洋の水量の恒久と関係して蒸発や土壌の滲透性が説かれている。 火山を人体の病気にたとえた後に、物の大きさの相対性に論及し、何物も全和に対しては無に等しいと宣言している。 また火山の生因として海水が地下に滲透し、それが噴火・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・この氷河が消失して、従って新疆地方に灌漑する川々の水量が少なくなり、そのために土壌がかわき上がって今のような不毛の地になったらしい。この地方には高さ五百メートルほどのなまなましい断層の痕もあるそうである。こんな地変のために地盤が傾動すれば河・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・けれども一文芸院を設けて優にその目的が達せられるように思うならば、あたかも果樹の栽培者が、肝心の土壌を問題外に閑却しながら、自分の気に入った枝だけに袋を被せて大事を懸ける小刀細工と一般である。文芸の発達は、その発達の対象として、文芸を歓迎し・・・ 夏目漱石 「文芸委員は何をするか」
・・・ また、草木は肥料によりて大いに長茂すといえども、ただその長茂を助くるのみにして、その生々の根本を資るところは、空気と太陽の光熱と土壌津液とにあり。空気、乾湿の度を失い、太陽の光熱、物にさえぎられ、地性、瘠せて津液足らざる者へは、たとい・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・割合肥沃な土壌を作っています。木の生え工合がちがって見えましょう。わかりましょう。〕わかるだろうさ。けれどもみんな黙って歩いている。これがいつでもこうなんだ。さびしいんだ。けれども何でもないんだ。後ろで誰かこごんで石ころを拾っているもの・・・ 宮沢賢治 「台川」
出典:青空文庫