・・・現に日本在来の絵画はおもにこの技巧だけで価値を保ったものであります。それにも関わらず、これに対して鑑賞の眼を恣にすると、それぞれに一種の理想をあらわしている、すなわち画家の人格を示している、ために大なる感興を引く事が多いのであります。たとえ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ もしこの二種類の競争すなわち圏の内外に互に競争が同時に起るとすると、向後吾人の受くる作物は、この両個の刺激からして、在来のはますます在来の方向で深く発達したもの、新興のは新興の領分で出来得る限りを開拓して変化を添えるようなものになる。・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・でも、お米は副食品とせよという声もきこえていて、切符で配給される米の量がその考えかたに従って計られてゆく傾きだとすると、在来の米の御飯というものへの日本人の気持は根底から変えられてゆかなければならないことともなるのだろう。 今私たちはパ・・・ 宮本百合子 「「うどんくい」」
・・・純文学の仕事をする作家が新聞小説をもかくことで、新聞小説の在来の文学的制約をたち切り、その質を高める方向へ作用することは至難であって、今までのところ、いつしか純文学の水準をそちらの方へ適応させて行っているのではないだろうか。 この事実の・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・女性にとって結婚とそれにひきつづいての家庭生活とは一つのものでありながらまた二つのものであって、ある人と結婚してもよいという気持と、在来の家庭の形態の中で女性が強いられて行かなければならないものをそのまま承引しかねる気持とは、若い向上欲のあ・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・という言葉の本体さえ見きわめられず、漠然、作家も大衆の感情を感情せよという風な流行が生じ、そのことは結果として、あり来った純文学の単純な在来の通俗化をひき起したりしている。『文学界』六月号所載川上喜久子氏の「郷愁」という作品などは、文学の大・・・ 宮本百合子 「今日の文学に求められているヒューマニズム」
歌舞伎芝居や日本音曲は、徳川時代に完成せられたものからほとんど一歩も出られない。もし現在の日本に劇や音楽の革新運動があるとすれば、それは西欧の伝統の輸入であって、在来の日本が生み出したものの革新ではない。それに比べると日本画には内から・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
・・・そこで彼女は在来のあらゆる演劇術を投げ捨てて、何事を現わすにも新しい方法を取った。 元来芸術家という者はその人に独特の色があるとともに一般的な性質がなければならない。そして一般的な所は伝統に従って表現し、独特な所には新しい表現法を用いる・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
・・・岡倉先生の主要著作が英文であったため在来日本の読者に比較的縁遠かったことは、岡倉先生を知る者が皆遺憾としたところであった。今その障害を除いて先生の天才を同胞の間に広めることは誠に喜ばしい企てであると思う。 岡倉先生が晩年当大学文学部にお・・・ 和辻哲郎 「岡倉先生の思い出」
・・・ 第一に考えられるのは、一般民衆が勢力を得るとともに、在来の貴族的芸術を虐待するだろうという事である。露国の農民や労働者がレムブラントを虐待する。婦人運動に加わっている英国の女がレムブラントを破壊しようとする。ドイツの砲兵が美しい寺院建・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫