・・・ 地下八百尺の坑道を占領している湿っぽい闇は、あらゆる光を吸い尽した。電燈から五六歩離れると、もう、全く、何物も見分けられない。土と、かびの臭いに満ちた空気の流動がかすかに分る。鉱車は、地底に這っている二本のレールを伝って、きし/\軋り・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・地下の坑道にいて日月星辰は見えなくてもこれでいくぶんの見当はわかるであろう。質量と力の計測にも必ずしも秤はいらない。われわれの筋肉の緊張感覚がそれに役立つ。 これらの原始的なしかし驚嘆すべき計量単位の巧妙な系統によって、われわれの祖先は・・・ 寺田寅彦 「映画の世界像」
・・・監督官が検査に来ると現に掘っている坑道はふさいで廃坑だということにして見せないで、検査に及第する坑だけ見せる。それで検閲はパスするが時々爆発が起こるというのである。真偽は知らないが可能な事ではある。 こういうふうに考えて来ると、あらゆる・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・夢の中ではたとえば蝋燭やあるいはまたじめじめした地下の坑道が性的の象徴となる場合がある。またこれに相当する例は芭蕉初期時代の連句には往々ある。また重いものをかついで山道を登る夢が情婦とのめんどうな交渉の影像として現われることもある。古来の連・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・塵の積んである二坪ばかりの空地から、三本の坑道のような路地が走っていた。 一本は真正面に、今一本は真左へ、どちらも表通りと裏通りとの関係の、裏路の役目を勤めているのであったが、今一つの道は、真右へ五間ばかり走って、それから四十五度の角度・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫