・・・二葉亭は毎晩その刻限を覘っては垣根越しに聞きに行った。艶ッぽい節廻しの身に沁み入るようなのに聞惚れて、為永の中本に出て来そうな仇な中年増を想像しては能く噂をしていたが、或る時尋ねると、「時にアノ常磐津の本尊をとうとう突留めたところが、アンマ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・足を爪立てるようにして中二階の前の生垣のそばまで来て、垣根越しに上を見あげた。二階はしんとしている。この時母屋でドッと笑い声がした。お梅はいまいましそうに舌うちをして、ほんとにいつまでやってるんだろうとつぶやきながら道へ出た。橋の上で話し声・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・ こう高瀬は濡縁のところから、垣根越しに屋外に立っているお島に言った。「大工さんの家の娘とはもう遊ばせないッて、先刻誘いに来た時に断りましたら、今度は鞠ちゃんの方から出掛けて行きました……必と喧嘩でもしたんでしょう……石などを放って・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・朝、垣根越しにとなりの庭を覗き見していたら、寝巻姿のご新造が出て来て、庭の草花を眺め、つと腕をのばし朝顔の花一輪を摘み取った。ああ風流だな、と感心して見ていたら、やがて新造は、ちんとその朝顔で鼻をかんだ。 モオパスサンは、あれは、女の読・・・ 太宰治 「女人創造」
・・・ 孝ちゃんと、家の二番目の子が同じ小学校の一級違いだったので、一しきり垣根越しの交渉がすむと、「正ちゃん。と呼びながらグルッと表門の方へ廻って入って来る。クルッと顔から頭の丸い、疳の強い様な一寸もお母さんには似て居ないら・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・ 東京は一時急に秋が深まったようで寒くなりましたが、この二三日はどういうわけか暖くて、きょうは珍しく朝から午後まで雨が降りました。垣根越しにお隣の柿の木の色づいた葉が見えますし、市中の並木の銀杏も大分黄色くなりました。プラタナスの枯葉がきょ・・・ 宮本百合子 「二人の弟たちへのたより」
出典:青空文庫