・・・「私の占いは五十年来、一度も外れたことはないのですよ。何しろ私のはアグニの神が、御自身御告げをなさるのですからね」 亜米利加人が帰ってしまうと、婆さんは次の間の戸口へ行って、「恵蓮。恵蓮」と呼び立てました。 その声に応じて出・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・が、それは不幸にもすっかり当が外れてしまいました。と言うのはその秋の彼岸の中日、萩野半之丞は「青ペン」のお松に一通の遺書を残したまま、突然風変りの自殺をしたのです。ではまたなぜ自殺をしたかと言えば、――この説明はわたしの報告よりもお松宛の遺・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・気を腐らせれば腐らすほど彼れのやまは外れてしまった。彼れはくさくさしてふいと座を立った。相手が何とかいうのを振向きもせずに店を出た。雨は小休なく降り続けていた。昼餉の煙が重く地面の上を這っていた。 彼れはむしゃくしゃしながら馬力を引ぱっ・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・彼の名はヤコフ・イリイッチと云って、身体の出来が人竝外れて大きい、容貌は謂わばカザン寺院の縁日で売る火難盗賊除けのペテロの画像見た様で、太い眉の下に上睫の一直線になった大きな眼が二つ。それに挾まれて、不規則な小亜細亜特有な鋭からぬ鼻。大きな・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・この汐に、そこら中の人声を浚えて退いて、果は遥な戸外二階の突外れの角あたりと覚しかった、三味線の音がハタと留んだ。 聞澄して、里見夫人、裳を前へ捌こうとすると、うっかりした褄がかかって、引留められたようによろめいたが、衣裄に手をかけ、四・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・いずれはお姫様に申上ぎょうが、こなた道理には外れたようじゃ、無理でのうもなかりそうに思われる、そのしかえし。お聞済みになろうか。むずかしいの。」「御鎮守の姫様、おきき済みになりませぬと、目の前の仇を視ながら仕返しが出来んのでしゅ、出来ん・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・が、幕府が瓦解し時勢が一変し、順風に帆を揚げたような伊藤の運勢が下り坂に向ったのを看取すると、天性の覇気が脱線して桁を外れた変態生活に横流した。椿岳の生活の理想は俗世間に凱歌を挙げて豪奢に傲る乎、でなければ俗世間に拗ねて愚弄する乎、二つの路・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ U氏が最初からの口吻ではYがこの事件に関係があるらしいので、Yが夫人の道に外れた恋の取持ちでもした乎、あるいは逢曳の使いか手紙の取次でもしたかと早合点して、「それじゃアYが夫人の逢曳のお使いでもしたんですか?」というと、「そん・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 昼過ぎになると、日は山を外れて温泉場の屋根を紅く染めた。遠く眺めると彼方の山々も、野も、河原も、一様に赤い午後の日に色どられている。其処にも、秋の冷かな気が雲の色に、日の光りに潜んでいた。 前の山には、ぶな、白樺、松の木などがある・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・秋ももう深けて、木葉もメッキリ黄ばんだ十月の末、二日路の山越えをして、そこの国外れの海に臨んだ古い港町に入った時には、私は少しばかりの旅費もすっかり払きつくしてしまった。町へ着くには着いても、今夜からもう宿を取るべき宿銭もない。いや、午飯を・・・ 小栗風葉 「世間師」
出典:青空文庫