・・・甚太夫はそこで惴りながらも、兵衛が一人外出する機会を待たなければならなかった。 機会は容易に来なかった。兵衛はほとんど昼夜とも、屋敷にとじこもっているらしかった。その内に彼等の旅籠の庭には、もう百日紅の花が散って、踏石に落ちる日の光も次・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・しかしあの外出する時は、必ず巴里仕立ての洋服を着用した、どこまでも開化の紳士を以て任じていた三浦にしては、余り見染め方が紋切型なので、すでに結婚の通知を読んでさえ微笑した私などは、いよいよ擽られるような心もちを禁ずる事が出来ませんでした。こ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ついでに婦二人の顔が杓子と擂粉木にならないのが不思議なほど、変な外出の夜であった。「どうしたっていうんでしょう。」 と、娘が擂粉木の沈黙を破って、「誰か、見ていやしなかったかしら、可厭だ、私。」 と頤を削ったようにいうと、年・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ と祖母も莞爾して、嫁の記念を取返す、二度目の外出はいそいそするのに、手を曳かれて、キチンと小口を揃えて置いた、あと三冊の兄弟を、父の膝許に残しながら、出しなに、台所を竊と覗くと、灯は棕櫚の葉風に自から消えたと覚しく……真の暗がりに、も・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・何もかも口と心と違った行動をとらねばならぬ苦しさ、予は僅かに虚偽の淵から脱ける一策を思いつき、直江津なる杉野の所へ今日行くという電報を打つ為に外出した。帰ってくると渋川が来て居るという。予は内廊下を縁に出ると、驚いた。挨拶にも見えないから、・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・そして、それでもなお実は、吉弥がその両親を見送りに行った帰りに、立ち寄るのが本当だろうと、外出もしないで待っていたか、吉弥は来なかった。昼から来るかとの心待ちも無駄であった。その夜もとうとう見えなかった。 そのまたあくる日も、日が暮れる・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 修善寺時代以後の夏目さんは余り往訪外出はされなかったようである。その当時、私の家に来られたことがあるが、「一カ月ぶりで他家を訪ねた」と言われた。その頃は多分痔を療治していられたかと想う。生れて初めて外科の手術を受けたとのことで、「実に・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・こんな長屋に親の厄介となっていたのだから無論気楽な身の上ではなかったろうが、外出ける時はイツデモ常綺羅の斜子の紋付に一楽の小袖というゾロリとした服装をしていた。尤も一枚こっきりのいわゆる常上着の晴着なしであったろうが、左に右くリュウとした服・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ちょうど、お母さんは外出なされてお留守でありました。次郎さんは、机が上にあった鉛筆をとりあげて見ていましたが、「僕のいったのと、ちがっているけれど、よく書けるかしらん。」 こういって、小刀で鉛筆を削りはじめました。しんが、やわらかい・・・ 小川未明 「気にいらない鉛筆」
・・・いまはともかく、以前は外出すれば、必ず何か食べてかえったものだ。だから、法善寺にも食物屋はある。いや、あるどころではない。法善寺全体が食物店である。俗に法善寺横丁とよばれる路地は、まさに食道である。三人も並んで歩けないほどの細い路地の両側は・・・ 織田作之助 「大阪発見」
出典:青空文庫