・・・花も春も余所に見て、只心の中に貯えたる何者かを使い尽すまではどうあっても外界に気を転ぜぬ様に見受けられた。武士の命は女と酒と軍さである。吾思う人の為めにと箸の上げ下しに云う誰彼に傚って、わがクララの為めにと云わぬ事はないが、その声の咽喉を出・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・今日も、椽側の硝子をすかし、眼を細くして外界の荒れを見物しているうちに、ふと、子供の時のことを思い出した。 二 子供というものはいつも珍しいことが好きなものだ。晴れた日が続く、一日、目がさめて雨が降っている・・・ 宮本百合子 「雨と子供」
・・・二人の愛のゆるがない調和が流れているけれども、はっきりと外界に向って目をみひらき、媚びるところの一つもない口元を真面目に閉じているイエニーの顔つきには、人生と真向きに立っている妻の毅然とした力が感じられる。 この写真はいつ何処でとられた・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ない――ここで、人として独立の自信を持ち得ない、持つ丈の実力を欠いている彼女は、何処かに遺っている過去の、殆ど習性にさえ成った日蔭の依頼主義の底力に押されて、非常に微細に、非常に滑っこく、自分の現状と外界の社会的事情との間に、何か連続をつけ・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・無批判で外界の刺戟に左右される事は恐ろしい事でございます。人が自分を殺すような事になります。 良いも悪いも米国仕込みは厭でございます。米国の持って居る不思議な、特殊な浅薄さをまで無条件に移植するのは、単に趣味の上から申した丈でも否なりと・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・或者は、ゲーテの如く思索の横溢から或は又、外界と調和し得ぬ孤独な魂の 唯一の表現として人類は、多くの芸術を献げられて来た。さて、私は何で、一つの小説を書くのだろう、勿論、共通な、人間の、真に触れたい希望か・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
・・・このように沈下した精神状態は、心理学の教科書によらずとも、およそ外界の事件に対して共感、同情のひき起され難いものであることは明らかではないかと思われる。 久内は自分を、雁金というドン・キホーテについてゆくサンチョであるというが、サンチョ・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・その原因について、男の文学者の或る人は、女性の社会感覚がせまいことがかえって幸して、主観のうちにとらえられている主題を外界に煩わされずに――荒々しい社会性に妨げられずに一意専念自分の手に入った技巧でたどってゆくから、この文学荒廃の時期に、婦・・・ 宮本百合子 「壺井栄作品集『暦』解説」
・・・「作家はその不調和を外界と人間の衝動の中にあとづけることによって、美という仮りの調和体を作ることしか出来ない」ものとして受取っている。ジェームス・ジョイスやD・H・ローレンスから多くのものを摂取して来た一人の日本の文学者として、以上の言葉は・・・ 宮本百合子 「人間性・政治・文学(1)」
・・・この瞬間には彼女は自己というものを離れ去り、また外界の何物にも累わされずに、衝動が活くままの行動をする。この内部の力に対しては自分も非常な恐怖を抱いていながら、その魔力に抵抗することはできないのだ。これがデュウゼをして半狂のヒステリカルな女・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫