・・・現実を三角や四角と思って、その多角形の頂点に鉤をひっかけていた新吉には、もはや円形の世相はひっかける鉤を見失ってしまったのだ。多角形の辺を無数に増せば、円に近づくだろう。そう思って、新吉は世相の表面に泛んだ現象を、出来るだけ多く作品の中に投・・・ 織田作之助 「郷愁」
・・・多数の人物を排した構図ではそれら人物の黒い頭を結合する多角形が非常に重要なプロットになっているのである。 頭髪は観者の注意を強くひきつける事によっておのずから人物の顔を生かす原動力になっている。もしこの漆黒の髪がなかったら浮世絵の顔の線・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・その後で立った人は、短い顔と多角的な顎骨とに精悍の気を溢らせて、身振り交じりに前の人の説を駁しているようであった。 たださえ耳の悪いのが、桟敷の不良な空気を吸って逆上して来たために、猶更聞こえが悪くなったのか、それとも云っている事が、よ・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・ 我邦では岡田博士に従って凍雨の名称の下に総括されているものの中にも種々の差別があって、その中には透明な小さい氷球や、ガラスの截片のような不規則な多角形をしたものや、円錐形や円柱形をしたものもある。氷球は全部透明なものもあるが内部に不透・・・ 寺田寅彦 「凍雨と雨氷」
・・・と云われたことは、社会主義リアリズムへ展開して、もとよりその核心に立つ労働者階級の文学の主導性を意味しているのであるが、前衛の眼の多角性と高度な視力は、英雄的ならざる現実、その矛盾、葛藤の底へまで浸透して、そこに歴史がすすみ人間性がより花開・・・ 宮本百合子 「心に疼く欲求がある」
・・・と云った段階から前進して、更に広汎な社会関係の多様な局面をとらえ、多角的に歴史の前進する姿を描き得る方法であるはずだ。同時に過去の階級的文学が 文学+経済・政治に関する階級的理解=プロレタリア文学・・・ 宮本百合子 「「道標」を書き終えて」
・・・農業そのものの方法から日本では極度に人力が要求されていて、その上現代の社会経済に対抗して生計を立ててゆくためにはあらゆる方法で多角な経営が必要となって来る。主人の労力は昼夜のわかちなく求められて、農繁期に机に向うことなどは思いもよらない。冬・・・ 宮本百合子 「文学と地方性」
・・・ダヌンツィオが飛行機で飛びまわってヒロイズムを発揮したような時代からこのかた、今日の世界の動きとその間に生きる作家の気持とは、いか程多角的に、観察と沈着と現実に対する透徹した洞察力を求めるところへ進んで来ていることであろう。吉川氏でさえその・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・あらましな総括でつかわれるならわしだが、その人間性の具体の姿は、それぞれの植物がもっているような特質とその特質における共通性をももっているわけで、人間性もその発露は、自然主義が本能に帰結させたより遙に多角なものとしてうけとられて来ているのだ・・・ 宮本百合子 「リアルな方法とは」
・・・薔薇と鮪と芍薬と、鯛とマーガレットの段階の上で、今しも日光室の多角な面が、夕日に輝きながら鋭い光鋩を眼のように放っていた。「しかし、この魚にとりまかれた肺病院は、この魚の波に攻め続けられている城である。この城の中で、最初に討死するのは、・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫