・・・それをすすめた人間は大和で塗師をしている男でその縄をどうして手に入れたかという話を吉田にして聞かせた。 それはその町に一人の鰥夫の肺病患者があって、その男は病気が重ったままほとんど手当をする人もなく、一軒の荒ら家に捨て置かれてあったので・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・モダンな服装の下に、泡雪の乳房、玉きはるいのち、大和乙女の血の脈打っていることを忘れるな。 丹椿の色濃き恋より入れ。そして老いては女性の聖となるまでに、その恋を守り、高め、そして浄化せよ。・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ ところが嘉靖年間に倭寇に荒されて、大富豪だけに孫氏は種の点で損害を蒙って、次第に家運が傾いた。で、蓄えていたところの珍貴な品を段と手放すようになった。鼎は遂に京口のきしょうほうの手に渡った。それから毘陵の唐太常凝菴が非常に懇望して、と・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・河内の高屋に叛いているものがあるので、それに対して摂州衆、大和衆、それから前に与一に徒党したが降参したので免してやった赤沢宗益の弟福王寺喜島源左衛門和田源四郎を差向けてある。また丹波の謀叛対治のために赤沢宗益を指向けてある。それらの者はこの・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・陥入り、俄に寄する数万の敵、味方は総州征伐のためのみの出先の小勢、ほかに援兵無ければ、先ず公方をば筒井へ落しまいらせ、十三歳の若君尚慶殿ともあるものを、卑しき桂の遊女の風情に粧いて、平の三郎御供申し、大和の奥郡へ落し申したる心外さ、口惜さ。・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・床の軸は大きな傅彩の唐絵であって、脇棚にはもとより能くは分らぬが、いずれ唐物と思われる小さな貴げなものなどが飾られて居り、其の最も低い棚には大きな美しい軸盆様のものが横たえられて、其上に、これは倭物か何かは知らず、由緒ありげな笛が紫絹を敷い・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・「江の島鎌倉見物」「石尊参り」「伊勢詣」「大和めぐり」「箱根七湯めぐり」などという旅行と同様、即ち遊山旅と丁度同様になって居るかと思います。可愛い子に旅行をさせろなどという語がありますが、今日では内地の旅行はすべてが遊山旅行になって居ますか・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・それから、もう一つは、琵琶湖の近所から伊勢、伊賀、大和、あの辺に山脈がありますが、あの山脈にもちょいちょい居るそうでございます。その他は、四国にも九州にもいまのところ見当らぬそうで、箱根サンショウウオというのが関東地方に棲息して居りますけれ・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・お正月は大和国桜井へかえる。永野喜美代。」「君は、君の読者にかこまれても、赤面してはいけない。頬被りもよせ。この世の中に生きて行くためには。ところで、めくら草紙だが、晦渋ではあるけれども、一つの頂点、傑作の相貌を具えていた。君は、以後、・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・誠に天晴な大和男児の姿である。この美しい姿を眺めながら妙な夢のような事を考えてみるのであった。 誰かも云ったように、砂漠と苦海の外には何もない荒涼落莫たるユダヤの地から必然的に一神教が生れた。しかし山川の美に富む西欧諸国に入り込んだ基督・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
出典:青空文庫