・・・今度しくじったら大変です」「だってお婆さんがいるでしょう?」「お婆さん?」 遠藤はもう一度、部屋の中を見廻しました。机の上にはさっきの通り、魔法の書物が開いてある、――その下へ仰向きに倒れているのは、あの印度人の婆さんです。婆さ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・それがその日は大変強いように私たちは思ったのです。踝くらいまでより水の来ない所に立っていても、その水が退いてゆく時にはまるで急な河の流れのようで、足の下の砂がどんどん掘れるものですから、うっかりしていると倒れそうになる位でした。その水の沖の・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・「あら、大変。」「大いよ!」 火事だ火事だと、男も女も口々に――「やあ、馬鹿々々。何だ、そんな体で、引込まねえか、こら、引込まんか。」 と雲の峰の下に、膚脱、裸体の膨れた胸、大な乳、肥った臀を、若い奴が、鞭を振って追廻す・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・人が何と云ったって、私等は何の訣もないのに、何か大変悪いことでもした様なお小言じゃありませんか。お母さんだっていつもそう云ってたじゃありませんか。民子とお前とは兄弟も同じだ、お母さんの眼からはお前も民子も少しも隔てはない、仲よくしろよといつ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・と云ったのでとにかく心まかせにした方がと云って人にたのんで橋をかけてもらい世を渡る事が下手でない聟だと大変よろこび契約の盃事まですんでから此の男の耳の根にある見えるか見えないかほどのできもののきずを見つけていやがり和哥山の祖母の所へ逃げて行・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・は、青木を出しに田島自身のことを言っていたのだろうが、吉弥は何の思いやりもなく、大変強く当っていた。かの女の浅はかな性質としては、もう、国府津に足を洗うのは――はたしてきょう、あすのことだか、どうだか分りもしないのに――大丈夫と思い込み、跡・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・私は障子を半分張りかけて置くのは嫌いだから、失礼ですが、張ってしまうまで話しながら待っていて下さい。」 そんな風で二人は全く打ち解けて話し込んだ。私は大変長座をした。夏目さんは人によってあるいは門前払いをしたり仏頂顔したりするというが、・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・あまり心配して、お光さんまで体を悪くするようなことがあっちゃ大変だ」「ありがとう、私ゃなに、これで存外体は丈夫なんだからね」とまずニッコリしながら、「金さん、今日はお前さんいいとこへおいでだったよ。実はね、明日あたりお前さんの方へ出向こ・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「さあ、大変だ。孫はどうしたのでございましょう。孫はどうして降りて来るのでございましょう」 そう言ってる途端に、どしんという音がして何か空から落こって来ました。 それは子供の頭でした。「わあ、大変だ。孫はきっと天国で梨の実を・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・それに、ほかの病気なら知らず、肺がわるいと知られるのは大変辛い。 もうひとつ、私の部屋の雨戸をあけるとすれば、当然隣りの部屋もそうしなくてはならない。それ故、一応隣室の諒解を求める必要がある。けれど、隣室の人たちはたぶん雨戸をあけるのを・・・ 織田作之助 「秋深き」
出典:青空文庫