・・・……お待ち下さい……この浦一円は鰯の漁場で、秋十月の半ばからは袋網というのを曳きます、大漁となると、大袈裟ではありません、海岸三里四里の間、ずッと静浦の町中まで、浜一面に鰯を乾します。畝も畑もあったものじゃありません、廂下から土間の竈まわり・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・いかの大漁があったのが販路を失って浜で腐ったのであった。上陸後半日もすると、われわれ一行の鼻の神経は悪臭に対して無感覚となって、うまく飯が食えるようになった。 千歳という岬端の村で半日くらい観測した時は、土地の豪家で昼食を食わしてもらっ・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・父は維新前いわゆる御鯨方の支配の下に行われた捕鯨の壮観と、大漁後のバッカスの饗宴とを度々目撃し体験していたので、出発前にその話を飽きるほど聞かされていた。それで非常な期待と憧憬とをもって出かけたのであったが、運悪く漁がなくて浜は淋しいほど静・・・ 寺田寅彦 「初旅」
・・・がないことが農村の女の向上を阻んでいるのだが、漁家の女が何とはなしその日暮しの生活の習慣に押しながされている傾きのつよいのは、漁家の生計の基礎が安定していなくて、一日一日が漁不漁に支配され、或るときは大漁と思えば次はまるで不漁という極めてむ・・・ 宮本百合子 「漁村の婦人の生活」
・・・ならいくら海辺の村でもそこに住む人間が、海へ出て漁をして生存しなければならないという必要がなければ、漁村の文化の一大特徴である船を造る技術が発達することはなかったし、絵かきや音楽家がこのんで主題とする大漁祝いの時の歌、踊り、特別な衣裳などと・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・ 女の人の寄宿舎などは、まるで、今海から上げた大漁の網そのままの活々しさでございます。踊るもの、かけるもの、キーキー云ってふざけるもの、声高に座談をなげ合うもの、命が躍って、躍って、止途もないというようなのが女の人、ことに若い人の通用性・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ この次の機会にこそ、日本は漁夫の利をしめるか、さもなければ大漁祝いのわけ前にありついて、前回でものにしそこねた北や南での領土的野心をみたすことができるという潜行的な宣伝が行われている。あれこれと形をかえて、民間にはいりこんでいるもとの・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
出典:青空文庫