おおいしき【大石忌】
大石内蔵助(良雄)の命日である3月20日に行われる行事。「仮名手本忠臣蔵」の七段目「祇園一力茶屋の場」で知られる茶屋一力亭で行われる。《季 春》
おおいしくらのすけ【大石内蔵助】
「大石良雄」の通称。
おおいしちから【大石主税】
[1688〜1703]赤穂義士 (あこうぎし) の一人。良雄の長男。義士中の最年少。
おおいしちびき【大石千引】
[1770〜1834]江戸後期の国学者・歌人。江戸の人。加藤千蔭 (かとうちかげ) に師事。著「言元梯」「日中行事略解」など。
おおいしひさたか【大石久敬】
[1725〜1794]江戸中期の農政学者。筑後国久留米の人。高崎藩の郡方 (こおりがた) 役人。著「地方凡例録 (じかたはんれいろく) 」。
おおいしまこと【大石真】
[1925〜1990]児童文学作家。埼玉の生まれ。出版社勤務のかたわら童話を執筆。「風信器」で児童文学者協会新人賞、「見えなくなったクロ」で小学館文学賞を受賞。他に「チョコレート戦争」「教室二〇五号」「眠れない子」など。
おおいしまさみ【大石正巳】
[1855〜1935]政治家。高知の生まれ。自由民権運動に参加。自由党・進歩党・憲政党の創立に加わる。大隈内閣の農商務相。
おおいしよしお【大石良雄】
[1659〜1703]播磨 (はりま) 赤穂 (あこう) 藩士。浅野長矩 (あさのながのり) の家老。名は「よしたか」とも。通称、内蔵助 (くらのすけ) 。主君長矩の刃傷事件により浅野家断絶後、元禄15年12月14日(1703年1月30日)、同志とともに江戸両国の吉良 (きら) 邸に討ち入り、吉良上野介の首を取り主君の仇を討った。幕命により細川家にお預けとなり、命により切腹。→赤穂義士 →大石忌