・・・「そこだよ、君に何処か知ら脱けてる――と云っては失敬だがね、それは君は自分に得意を感じて居る人間が、惨めな相手の一寸したことに対しても持ちたがる憤慨や暴慢というものがどんな程度のものだかということを了解していないからなんだよ。それに一体・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・「……それでは君、僕はそういうわけだから、明日の晩は失敬するからね」原口はこう笹川に挨拶して、出て行った。「原口君は原口君であんなことを言ってくるし、君は君でそんなだし、いったい君は僕のことをどんな風に考えているのかね? 温情家とか・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・ 握手が失敬になり、印度人の悪ふざけはますます性がわるくなった。見物はそのたびに笑った。そして手品がはじまった。 紐があったのは、切ってもつながっているという手品。金属の瓶があったのは、いくらでも水が出るという手品。――ごく詰まらな・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・』『すっかり忘れていた、失敬失敬、それよりか君に見せたい物があるのだ、』と風呂敷に包んでその下をまた新聞紙で包んである、画板を取り出して、時田に渡した。時田は黙って見ていたが、『どこか見たような所だね、うまくできている。』『そら・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・と言ったぎり自分が躊躇しているので斎藤は不審そうに自分を見ていたが、「イヤ失敬」と言って去って終った。十歩を隔てて彼は振返って見たに違ない。自分は思わず頸を縮めた。 母に会ったら、何と切出そう。新町に近づくにつれて、これが心配でならぬ。・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・「一と足さきに失敬できると思うたら、愉快でたまらんよ。」 そこにいる者は、もはや、除隊後のことを考えていた。彼等の胸にあるものは、内地の生活ばかりであった。いつか、持って来た慰問袋を開けていると、看護長がぶら/\病室へ這入ってきたこ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 兄さん、失敬なことを言う勝手な奴だと怒ってくれないでおくれ。お前の竿の先の見当の真直のところを御覧。そら彼処に古い「出し杭」が列んで、乱杭になっているだろう。その中の一本の杭の横に大きな南京釘が打ってあるのが見えるだろう。あの釘はわた・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・作家の私生活、底の底まで剥ごうとする。失敬である。安売りしているのは作品である。作家の人間までを売ってはいない。謙譲は、読者にこそ之を要求したい。 作家と読者は、もういちど全然あたらしく地割りの協定をやり直す必要がある。 いちばん高・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・「何を言うんだ。失敬な事を言うな。ここは、お前たちの来るところでは無い。帰れ! 帰らなければ、僕のほうからお前たちを訴えてやる」 その時、もうひとりの男の声が出ました。「先生、いい度胸だね。お前たちの来るところではない、とは出か・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・人夫がヒーローの帽子を失敬しようとする点まで全く同工異曲である。これは偶然なのか、それともプログラム編成者の皮肉なのか不明である。 凡児が父の「のんきなトーさん」と「隣の大将」とを上野駅で迎える場面は、どうも少し灰汁が強すぎてあまり愉快・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
出典:青空文庫