・・・故に前文を其まゝにして之を夫の方に差向け、万事妻を先にして自分を後にし、己れに手柄あるも之に誇らず、失策して妻に咎めらるゝとも之を争わず、速に過を改めて一身を慎しみ、或は妻に侮られても憤怒せずして唯恐縮謹慎す可し云々と、双方に向て同一様の教・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・婢僕の過誤失策を叱るは、叱らるゝ者より叱る者こそ見苦しけれ。主人の慎しむ可き所なり。一 婦人は家を治めて内の経済を預り、云わば出るを為すのみにして入るを知らざる者の如くなれども、左りとては甚だ不安心なり。夫とて万歳の身に非ず、老少より言・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・故に他の一方について高きものを低くせんとするの工風は随分難き事なれども、これを行うて失策なかるべきが故に、この一編の文においては、かの男子の高き頭を取って押さえて低くし、自然に男女両性の釣合をして程好き中を得せしめんとの腹案を以て筆を立て、・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・それが大失錯で、夫の要求は次第に大きくなるばかりでございます。今日のところでは、わたくしは主人に屈従している賄方のようなものでございます。そう云う身の上は余り幸福ではございませんわね。それでもわたくしは主人が渡世上手で、家業に勉強して、わた・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・ ああ、シグナルは一生の失策をしたのでした。シグナレスよりも少し風下にすてきに耳のいい長い長い電信柱がいて、知らん顔をしてすまして空の方を見ながらさっきからの話をみんな聞いていたのです。そこでさっそく、それを東京を経て本線シグナルつきの・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・私たちはすっかり失策ってしまったのです。ほんとうにばかなことをしたと私どもは思いました。 役人はもうがさがさと向うの萱の中から出て来ました。そのとき林の中は黄金いろの日光で点々になっていました。「おい、誰だ、お前たちはどこから入って・・・ 宮沢賢治 「二人の役人」
・・・ そして、些細な失策や、爪ずきには決してひるまない希望を持っていたのである。 けれども、時が経つままに、彼女の理想がどんなに薄弱なものであり、その方法や動機が、動揺しやすい基礎の上に立っていたかを、証明するような事件が、次から次へと・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・酒が好きで、別人なら無礼のお咎めもありそうな失錯をしたことがあるのに、忠利は「あれは長十郎がしたのではない、酒がしたのじゃ」と言って笑っていた。それでその恩に報いなくてはならぬ、その過ちを償わなくてはならぬと思い込んでいた長十郎は、忠利の病・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・あれがあなたの失錯の第一歩でございましたわ。男。なぜですか。貴夫人。お分かりになりませんの。あなたが馬車を雇いに駆け出しておいでになったあとに、わたくしは二分間ひとりでいました。あなたはわたくしに考える余裕をお与えなさいましたのです・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫