・・・石の段段をのぼり、字義どおりに門をたたいて、出て来た女中に大声で私の名前を知らせてやった。うれしや、主人は、ご在宅である。右手の甲で額の汗をそっと拭うた。女中に案内されて客間にとおされ、わざと秀才の学生らしく下手にきちんと坐って、芝生の敷き・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・かれの言いぶんに拠れば、字義どおりの一足ちがい、宿の朝ごはんの後、熱い番茶に梅干いれてふうふう吹いて呑んだのが失敗のもと、それがために五分おくれて、大事になったとのこと、二人の給仕もいれて十六人の社員、こぞって同情いたしました。私なども編あ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ Confiteor 昨年の暮、いたたまらぬ事が、三つも重なって起り、私は、字義どおり尻に火がついた思いで家を飛び出し、湯河原、箱根をあるきまわり、箱根の山を下るときには、旅費に窮して、小田原までてくてく歩こうと決心・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・ 次に連続と云う字義をもう一遍吟味してみますと、前にも申す通り、ははあ連続している哩と相互の区別ができるくらいに、連続しつつある意識は明暸でなければならぬはずであります。そうして、かように区別し得る程度において明暸なる意識が、新陳代謝す・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・未だ年にすれば沢山ある筈の黒髪は汚物や血で固められて、捨てられた棕櫚箒のようだった。字義通りに彼女は瘠せ衰えて、棒のように見えた。 幼い時から、あらゆる人生の惨苦と戦って来た一人の女性が、労働力の最後の残渣まで売り尽して、愈々最後に売る・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 此一章は専ら嫉妬心を警しむるの趣意なれば、我輩は先ず其嫉妬なる文字の字義を明にせんに、凡そ他人の為す所にして我身の利害に関係なきことを羨み、怨み憎らしく思い、甚しきは根もなきことに立腹して他の不幸を祈り他を害せんとす、之を嫉妬・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ すなわち、これ広き字義にしたがいて国政にかかわるものというべし。ただちに政府に接せずして、間接にその政に参与するものというべし。間接の勢は直接の力よりもかえって強きものなり。学者これを思わざるべからず。今の人民の世界にいて事を企つるは・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・その講ずるところの書は翻訳書を用い、足らざるときは漢書をも講じ、ただ字義を説くにあらず、断章取義、もって文明の趣旨を述ぶるを主とせり。 小学校の費用は、はじめ、これを建つるとき、その半を官よりたすけ、半は市中の富豪より出だして、家を建て・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・○くだものの字義 くだもの、というのはくだすものという義で、くだすというのは腐ることである。菓物は凡て熟するものであるから、それをくさるといったのである。大概の菓物はくだものに違いないが、栗、椎の実、胡桃、団栗などいうものは、くだも・・・ 正岡子規 「くだもの」
・・・しかし根本においてはそれは字義通りに古代の復興である。古代の内の不滅なるものを復興する事によって、新しい運動はその熱と力とを得たのである。 偶像は再興せられた。パウロの神はある意味で死なねばならなかった。三 キリスト教の・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫