・・・これも哲学流にていえば、等しく死する病人なれば、望なき回復を謀るがためいたずらに病苦を長くするよりも、モルヒネなど与えて臨終を安楽にするこそ智なるがごとくなれども、子と為りて考うれば、億万中の一を僥倖しても、故らに父母の死を促がすがごときは・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・季になってるから、屁をひって尻をすぼめず屁ひり虫か そいつは余りつまらないじゃないか、つまらないたッて困ったナ それじャこれではどうだ 屁をひってすぼめぬ穴の芒かなサ、少し善ければそれで我慢して置いて安楽に往生するサ 迷わずに往ってくれたま・・・ 正岡子規 「墓」
・・・もしも彼女が、上成績で学位をとったことを、これから安楽な奥さん生活を営むためにより有利な条件として利用しようとでもする俗っぽい性根であったなら、決してピエール・キュリーのような天才的な、創意にみちた科学者の人柄と学問の立派さを理解することは・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・『キング』は労働者の家庭にも農村にも入るのだが今日の軍事経済政策による深刻な生活難で、どこの誰の爺さんと孫が実際こんなにヌクヌク安楽な目をして暮らしているか? 欠食児童なんか聞いたこともない。稼ぎてを戦争へ引っぱり出されたので、生きる手・・・ 宮本百合子 「『キング』で得をするのは誰か」
・・・他人から労働を強制され、自分の喜びもなにもなく、暮さなければならないという人々の大きな層があって、その上に、ごく僅かな人たちが働かないで、怠惰に安楽に暮していました。それで、苦しみながら働いている人々が、自ら自分たちの人間らしい権利を求める・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・江戸へ老後の安楽を求め、立身出世の道を求めて来たとすれば彼は失敗した。江戸で同じ季吟門下の卜尺の厄介になり、或は幕府の御納屋商人杉山杉風の世話をうけたりした。又幕府の小石川関口の水道工事の役人になって何年か過したが、この経済的に不遇な感受性・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・日本の部屋で、洋装ぐらしをする女のひとは、案外そんな部屋着が役に立ち、又安楽で、しかも一寸そのまま人前に出ても大して失礼にも当らず、都合いいのではないかしら。縞や模様の気くばり次第で、全くの部屋着の感じにもなるし、落付いて地味な上っぱりとも・・・ 宮本百合子 「働くために」
・・・その人は眼を丸くし、暫く考えた後、それはきっと「フランドル人はその安楽な生活の習慣のうちに、非常に風雅な趣を蔵している」という意味だなと合点する。そうして、バルザックはどうしてこんな衒学的な物言いをするのであろうかと不思議がる。翻訳しながら・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・として「安楽な生活」として描いている結婚の対手の財力に重きをおく今日の娘心を肯定しているのも面白い。「誰だって貧乏したくないのは人情だろうし、それを切りぬける自信は、とても私たちにはない」財産家には「娘の夢を育ててくれる金力がある。理想を徐・・・ 宮本百合子 「若い婦人の著書二つ」
・・・しかしこれと異なった態度の人は、腕が疲れて来るに従って、石を大地に投げ捨てた時の安楽と愉快とを思う。そして自分にささやく。「こんな石をささげているのはばかばかしいではないか。これを投げ捨てれば俺の生は自由に軽快になるだろう。そこに真の生活が・・・ 和辻哲郎 「ベエトォフェンの面」
出典:青空文庫