・・・の幸福と安逸とのために自分のすべてを消耗しているものにとっては実に明らかな事実について、むずかしい言葉でこんな大きい本を書く必要はなかったという風に、ゴーリキイには考えられた。スミスが提出する経済学の命題は、生活から直接獲得されたものとして・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・世の中のせち辛さはしみじみわかっている反面で、恋愛や結婚についてはブルジョア的な幻想、そういう色彩で塗られて伝えられている安逸さ、華やかさを常にともなって考えられていないと、いい切られるであろうか。男の人々も自分の愛する女、妻、家庭と考える・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・自身の安逸だけである。その事実を日夜目撃し、私たちの日々をその犠牲としていることはすべての人民にとってもはや忍び難い苦痛である。 日本を民主化し平和の建設を一刻も早く成就させ、日本の人民は己れの祖国を復活させる丈の力量と理性とをもつもの・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・健康で余り安逸を貪ったことの無い花子の、いささかの脂肪をも貯えていない、薄い皮膚の底に、適度の労働によって好く発育した、緊張力のある筋肉が、額と腮の詰まった、短い顔、あらわに見えている頸、手袋をしない手と腕に躍動しているのが、ロダンには気に・・・ 森鴎外 「花子」
・・・に擬しているかも知れないが、そのような徹底は恐らく矛盾を意識しない無知な妥協の安逸か、あるいは物の見方や扱い方の凝固に過ぎないだろう。――彼はまた所有の欲望を嘲って、自分の家庭の経験より見ても所有は不可能だと言う。これがまた彼に所有の要求の・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・また安逸に執着する欲情を見よ。勉強するはいやである。勉強を強うる教師は学生の自負と悦楽を奪略するものである。寄席にあるべき時間に字書をさし付けらるるは「自己」を侮辱されたと認めてよい。かくして朝寝に耽り学校を牢獄と見る。「自己」を救うために・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫