・・・ぎ巡査を避けんとするは、聞くに堪えざる伯父の言を渠の耳に入れじとなるを、伯父は少しも頓着せで、平気に、むしろ聞こえよがしに、「あれもさ、巡査だから、おれが承知しなかったと思われると、何か身分のいい官員か、金満でも択んでいて、月給八円にお・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・知らないものは芸者でもなし、娘さんでもなし、官員さんの奥様らしくもなしと眼をって美貌と美装に看惚れたもんだ。その時分はマダ今ほど夫婦連れ立って歩く習慣が流行らなかったが、沼南はこの艶色滴たる夫人を出来るだけ極彩色させて、近所の寄席へ連れてっ・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・雅人ハ則紅袖翠鬟ヲ拉シ、三五先後シテ伴ヲ為シ、貴客ハ則嬬人侍女ヲ携ヘ一歩二歩相随フ。官員ハ則黒帽銀、書生ハ則短衣高屐、兵隊ハ則洋服濶歩シ、文人ハ則瓢酒ニシテ逍遥ス。茶肆ノ婢女冶装妖飾、媚ヲ衒ヒ客ヲ呼ブ。而シテ樹下ニ露牀ヲ設ケ花間ニ氈席ヲ展ベ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ 平田は私立学校の教員か、専門校の学生か、また小官員とも見れば見らるる風俗で、黒七子の三つ紋の羽織に、藍縞の節糸織と白ッぽい上田縞の二枚小袖、帯は白縮緬をぐいと緊り加減に巻いている。歳は二十六七にもなろうか。髪はさまで櫛の歯も見えぬが、・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・然ばすなわち、いやしくも改進者流をもって自からおる者は、たとい官員にても平人にても、この政府の精神とともに方向をともにし、その改むるところを改め、その進むところに進み、次第に自家の境界を開きて前途に敵なく、ついには、かの守旧家の強きものをも・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・ 財政の一方より論ずれば、常式の官職もなきものへ毎年若干の金をあたうるは不経済にも似たれども、常式の官員とて必ずしも事実今日の政務に忙わしくする者のみに非ず。政府中に散官なるものありて、その散官の中には学者も少なからず。 たとい、あ・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・一、旧藩地に私立の学校を設るは余輩の多年企望するところにして、すでに中津にも旧知事の分禄と旧官員の周旋とによりて一校を立て、その仕組、もとより貧小なれども、今日までの成跡を以て見れば未だ失望の箇条もなく、先ず費したる財と労とに報る丈けの・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・この公務を取扱う人を名づけて政府の官員または会社の役員といい、この官員の理不尽に威張るものを名づけて暴政府といい、役員の理不尽に威張るものを暴会社という。即ち民権の退縮して専制の流行することなり。 今前条に示したる家内に返りてこれを論ぜ・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・ゆえにこの時に出席する官員ならびに年寄は、試業のことと、立会のことと両様を兼ぬるなり。 小学の科を五等に分ち、吟味を経て等に登り、五等の科を終る者は中学校に入るの法なれども、学校の起立いまだ久しからざれば、中学に入る者も多からず。ただし・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・ ゆえに、今の横文字の帳合法は、一家に便利なり、上等の社会に便利なり、学者の流に適すべし、官員の仲間に適すべしといえども、人民の社会には適当せざるのみならず、かえってその体裁の怪しきがために、法の実用をも嫌わしむるものというべし。 ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
出典:青空文庫