・・・此等の人々を当時は、納屋衆、又は納屋貸衆と云い、それが十人を定員とした時は納屋十人衆などと云ったのであった。納屋とは倉庫のことである。交通の便利は未だ十分ならず、商業機関の発達も猶幼稚であった時に際して、信頼すべき倉庫が、殆んど唯一の此の大・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
おけさ丸。総噸数、四百八十八噸。旅客定員、一等、二十名。二等、七十七名。三等、三百二名。賃銀、一等、三円五十銭。二等、二円五十銭。三等、一円五十銭。粁程、六十三粁。新潟出帆、午後二時。佐渡夷着、午後四時四十五分の予定。速力・・・ 太宰治 「佐渡」
・・・ それはとにかく、先を争うて押し合う心理も昇降機の場合にはたいした恐ろしい結果は生じない。定員人数の制限を守りさえすれば墜落の恐れはめったにない。しかしこの同じ心理が恐るべき惨害をかもす直接原因となりうるのは劇場や百貨店などの火事の場合・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・第一には電車の車掌なり監督なりが、定員の励行を強行する事も必要であるが、それよりも、乗客自身が、行き当たった最初の車にどうでも乗るという要求をいくぶんでも控えて、三十秒ないし二分ぐらいの貴重な時間を犠牲にしても、次のすいた電車に乗るような方・・・ 寺田寅彦 「電車の混雑について」
去年の春、我が慶応義塾を開きしに、有志の輩、四方より集り、数月を出でずして、塾舎百余人の定員すでに満ちて、今年初夏のころよりは、通いに来学せんとする人までも、講堂の狭きゆえをもって断りおれり。よってこのたびはまた、社中申合・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・もうあと二人足りないけれども定員を超えたことにして県へは申請書を出したそうだ。ぼくはもう行ってきっとすっかり見て来る、そしてみんなへ詳しく話すのだ。一九二五、五、一八、汽車は闇のなかをどんどん北へ走って行く。盛岡の上のそ・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
出典:青空文庫