・・・のみならず、実行上のことにおいても、彼はあまり単純であるように思われた。自分の仕えている主人と現在の職業のほかに、自分の境地を拓いてゆくべき欲求も苦悶もなさすぎるようにさえ感ぜられた。兄の話では、今の仕事が大望のある青年としてはそう有望のも・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・しかしながら期待の実行は偶然の機会を待つより外はない。 八幡の町の梨畠に梨は取り尽され、葡萄棚からは明るく日がさすようになった。玉蜀黍の茎は倒れて見通す稲田の眺望は軟かに黄ばんで来た。いつの日にか、わたくしは再び妙林寺の松山に鳶の鳴声を・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・ 四十余年間の歴史を見ると、昔は理想から出立した教育が、今は事実から出発する教育に変化しつつあるのであります、事実から出発する方は、理想はあるけれども実行は出来ぬ、概念的の精神に依って人は成立する者でない、人間は表裏のあるものであるとし・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
・・・又男女席を同うせず云々とて古の礼を示したるも甚だ宜しけれども、人事繁多の今の文明世界に於て、果して此古礼を実行す可きや否や、一考す可き所のものなり。是れも所謂言葉の采配、又売物の掛直同様にして、斯くまでに厳しく警めたらば少しは注意する者もあ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・それを実行いたすとなると、どんな物になるだろうと云うことは、ロメエヌ町の家であなたを隙見をいたすまで、わたくしには分からなかったのでございます。 隙見をいたした時の最初の感じは失望でございました。Sport で鍛錬した、強壮なお体で、ど・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・走者は匆卒の際にも常に球の運動に注目しかかる時直ちに進んで険を冒し第二基に入るか退いて第一基に帰るかを決断しこれを実行せざるべからず。第二基より第三基に移る時もまたしかり。第三基より本基に回る時もまたしかり。但第三基は第二基よりも攫者に近く・・・ 正岡子規 「ベースボール」
・・・ 以上は、まあ、ビジテリアンをその精神から大きく二つにわけたのでありますが、又一方これをその実行の方法から分類しますと、三つになります。第一に、動物質のものは全く喰べてはいけないと、則ち獣や魚やすべて肉類はもちろん、ミルクや、またそれか・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・煩いのない静かなところに旅行して暫く落ちついてみたい――こんな慾望を持っていますが、さて容易いようで実行できないものですね。住いですか? これには面白い話しがありますのよ。今いる家は静かそうに思って移ったのですが、後に工場みたいなものがあっ・・・ 宮本百合子 「愛と平和を理想とする人間生活」
・・・目的は余所になって、手段だけが実行せられる。塵を取るためとは思わずに、はたくためにはたくのである。 尤もこの女中は、本能的掃除をしても、「舌の戦ぎ」をしても、活溌で間に合うので、木村は満足している。舌の戦ぎというのは、ロオマンチック時代・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・そこで、その日は栖方を除いたものだけで試験飛行を実行した。見ていると、大空から急降下爆撃で垂直に下って来た新飛行機は、栖方の眼前で、空中分解をし、ずぼりと海中へ突き込んだそのまま、尽く死んでしまった。 また別の話で、ラバァウルへ行く飛行・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫