・・・「ああ、きょうから宿無し犬になるのか?」 白はため息を洩らしたまま、しばらくはただ電柱の下にぼんやり空を眺めていました。三 お嬢さんや坊ちゃんに逐い出された白は東京中をうろうろ歩きました。しかしどこへどうしても、忘れ・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・て行く、歩みの遅々として進まない牛を見た時、或は多年酷使に堪え、もはや老齢役に立たなくなった、脾骨の見えるような馬を屠殺するために、連れて行くのを往来などで遊んでいて見た時、飼主の無情より捨てられて、宿無しとなった毛の汚れた犬が、犬殺しに捕・・・ 小川未明 「天を怖れよ」
・・・「じゃ、どこへ行けばいいの……?」「どこへでも……。あなたのお家でも……」「だって、僕は宿なしだよ。ルンペンだよ」 小沢はひょいと言ったが、さすがに弱った声だった。「宿無しだよ。ルンペンだよ」 と、語呂よく、調子よく・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・二 今まで、何かにつけて禰宜様宮田は自分の心のうちに年中飢じがって、ピイピイ泣いては馳けずりまわっている瘠せっぽちな宿無し犬がいるような気持になりなりした。平常は半分まぎれて気がつかないでいても、何か少し辛いことや面白くない・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
出典:青空文庫