・・・あなたは神に行く前に私に寄道した。……さりながら愛によってつまずいた優しい心を神は許し給うだろう。私の罪をもまた許し給うだろう」 かくいってフランシスはすっと立上った。そして今までとは打って変って神々しい威厳でクララを圧しながら言葉を続・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・――しかもその実、お前さんと……むかしの蓮池を見に、寄道をしたんだっけ。」 と、外套は、洋杖も持たない腕を組んだ。 話の中には――この男が外套を脱ぐ必要もなさそうだから、いけぞんざいだけれども、懇意ずく、御免をこうむって、外套氏とし・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・とにかく二十八年間同じ精力を持続し、少しもタルミなく日程を追って最初の立案を(多少の変更あるいは寄道設計通りに完成終結したというは余り聞かない――というよりは古今に例のない芸術的労作であろう。無論、芸術というは蟻が塔を積むように長い歳月を重・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・「あしたは、まっすぐに家へおかえりなさいね。」「ええ、そのつもりです。」「寄り道をしちゃだめよ。」「寄り道しません。」 私は、うとうとまどろんだ。 眼がさめた時は、既に午前九時すぎで、隣室の若い客は出発してしまってい・・・ 太宰治 「母」
・・・時によると飛んだ寄り道をして、出る所へも出られず、帰る所へも帰れないかも知れないと云うすこぶる心細い敷衍法を用います。のみならず冒頭が何だか訳の分らない事から始まるかも知れないから、けっして驚いてはいけません。いずれ結末には美術とか文学とか・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・初めっから寄り道するって云わなかったじゃないか。 日本女は強情そうな目付で御者をじっと見、はっきり一言一言区切って云った。 ――お前さん、ロシア人だろう? 馬車にのっかってる人間が寄ると云ったら、寄り道にきまってることが分らないの?・・・ 宮本百合子 「モスクワの辻馬車」
出典:青空文庫