・・・り寝込んでいるらしい友人の身の上や、昔の寄宿舎生活などを思い浮べ 、友人の持っていた才能を延ばし得ないで、こんな田舎に埋れてしまう運命が気の毒になり、そのむくろには今どんな夢が宿っているだろうなどと、寝苦しいままに幾度も寝返りをするうちに、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ひとびとが宵の寝苦しい暑さをそのまま、夢に結んでいるときに、私はひんやりした風を肌に感じている。風鈴の音もにわかに清い。蝉の声もいつかきこえず、部屋のなかに迷い込んで来た虫を、夏の虫かと思って、団扇ではたくと、ちりちりとあわれな鳴声のまま、・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・ 夏、寝苦しい夜、軽部の乱暴な愛撫が瞼に重くちらついた。見習弟子はもう二十歳になっていて、白い乳房を子供にふくませて転寝しているお君の肢態に、狂わしいほど空しく胸を燃やしていたが、もともと彼は気も弱くお君も問題にしなかった。 五・・・ 織田作之助 「雨」
・・・その家の人びとは宵の寝苦しい暑さをそのままぐったりと夢に結んでいるのだろうか、けれども暦を数えれば、坂田三吉のことを書いた私の小説がある文芸雑誌の八月号に載ってからちょうど一月が経とうとして、秋のけはいは早やこんなに濃く夜更けの色に染まって・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ そして、椙がなに思ってか寺田屋から姿を消してしまったのは、それから間もなくのことだったが、その行方をむなしく探しているうちに一年たち、ある寝苦しい夏の夜、登勢は遠くで聴える赤児の泣声が耳について、いつまでも眼が冴えた。生まれて十日目に・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ その後、俺は外の人に「夜、蒲団があまり重くて寝苦しい時には、この重さが一体何んの重さであるか位は考えてみないわけでもない。」そんなセンチメンタルなことを書いたことがあった。 蒲団と一緒に、袷が入ってきた。 二三日して、寒くなっ・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・蒸暑く寝苦しい夜を送った後なぞ、わたしは町の空の白まないうちに起きて、夜明け前の静かさを楽しむこともある。二階の窓をあけて見ると、まだ垣も暗い。そのうちに、紅と藍色とのまじったものを基調の色素にして瑠璃にも行けば柿色にも薄むらさきにも行き、・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・幾夜も寝苦しい思いをした。 小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。そのうちに、ふとあなたの私に対するネルリのような、ひねこびた熱い強烈な愛情をずっと奥底に感じた。ちがう。ちがうと首をふ・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・寒いとは云え四月と云う時節に、厚夜着を二枚も重ねて掛けているから、ただでさえ寝苦しいほど暑い訳であるが、手足と胸の中は全く血の通わぬように重く冷たい。手で身のうちを撫でて見ると膏と汗で湿っている。皮膚の上に冷たい指が触るのが、青大将にでも這・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 夜の二時頃であった。寝苦しい夏の夜も、森と川の面から撫でるように吹いて来る、軽い風で涼しくなった。 本田家は、それが大正年間の邸宅であろうとは思われないほどな、豪壮な建物とそれを繞る大庭園と、塀とで隠して静に眠っているように見・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
出典:青空文庫