・・・各自が自己をこの上なく愛し、それを真の自由と尊貴とに導き行くべき道によって、突き進んで行くほかに、人間の正しい生活というものはありえないと私自身を発表してきた。今でも私はこの立場をいささかも枉げているものではない。人間には誰にもこの本能が大・・・ 有島武郎 「想片」
・・・明神様の導きです。あすこへ行きます、行って……」「行って、どうします? 行って。」「もうこんな気になりましては、腹の子をお守り遊ばす、観音様の腹帯を、肌につけてはいられません。解きます処、棄てます処、流す処がなかったのです。女の肌に・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・「頼むよ――こっちは名僧でも何でもないが、爺さん、爺さんを……導きの山の神と思うから。」「はて、勿体もねえ、とんだことを言うなっす。」 と両つ提の――もうこの頃では、山の爺が喫む煙草がバットで差支えないのだけれど、事実を報道する・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ この竹の杖を宙に取って、さきを握って、前へも立たず横添に導きつつ、くたびれ脚を引摺ったのは、目も耳もかくれるような大な鳥打帽の古いのをかぶった、八つぐらいの男の児で。これも風呂敷包を中結えして西行背負に背負っていたが、道中へ、弱々と出・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・片手は老人を導きつつ。 伯父さんと謂われたる老人は、ぐらつく足を蹈み占めながら、「なに、だいじょうぶだ。あれんばかしの酒にたべ酔ってたまるものかい。ときにもう何時だろう」 夜は更けたり。天色沈々として風騒がず。見渡すお堀端の往来・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・と婢女が、先に立って導きました。奥座敷上段の広間、京間の十畳で、本床附、畳は滑るほど新らしく、襖天井は輝くばかり、誰の筆とも知らず、薬草を銜えた神農様の画像の一軸、これを床の間の正面に掛けて、花は磯馴、あすこいらは遠州が流行りまする処で、亭・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 私は、時間といい、また空間という、仮定された思想のために多くの人々が、生活を誤謬の淵底に導きつゝあることを知った。此世に時間というものはない。此の世に空間と名づけられた形あるものもない。ただ、それが観念に過ぎぬと知った時に自分等の生活・・・ 小川未明 「夕暮の窓より」
・・・ 二郎はわれを導きてその船室に至り、貴嬢の写真取り出して写真掛けなるわが写真の下にはさみ、われを顧みてほほえみつ、彼女またわれらの中に帰り来たりぬといえり。この言葉は短けれどその意は長し―― この書状は例によりてかの人に託すべけれど・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・されど治子は一度われをこの泉の潯に導きしより二年に近き月日を経て今なおわれを思いわれを恋うてやまず、昨夜の手紙を読むものたれかこの清き乙女を憐まざらん。しかしてわれ今、しいて自らこの乙女を捨てて遠く走らんとす。この乙女を沙漠の真中にのこしゆ・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・彼は同情も、仁愛も利己的な快、不快の感から導き出した。初めは快、不快な結果を好悪する心から徳、不徳を好悪したのだが、広く連想をくりかえすうちに、直接に徳、不徳を好悪するようになった。これが道徳的感情である。行為の価値は永続する、そして不快を・・・ 倉田百三 「学生と教養」
出典:青空文庫