・・・ 買物があるという姑を八百屋の店に残して、彼は暗い星の冴えた小路へ急ぎ足で入った。 梶井基次郎 「雪後」
・・・日本全国、どこの城下も町は新しく変わり、士族小路は古く変わるのが例であるが岩――もその通りで、町の方は新しい建物もでき、きらびやかな店もできて万、何となく今の世のさまにともなっているが、士族屋敷の方はその反対で、いたるところ、古い都の断礎の・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・あたりを見るとかしこここの山の尾の小路をのどかな鈴の音夕陽を帯びて人馬いくつとなく麓をさして帰りゆくのが数えられる、馬はどれもみな枯れ草を着けている。麓はじきそこに見えていても容易には村へ出ないので、日は暮れかかるし僕らは大急ぎに急いでしま・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・頭には勝てぬに相違無いが、内々は其諺通りに地頭を――戦乱の世の地頭、銭ばかり取りたがる地頭を、飴ばかりせびる泣く児のように思っている人民の地、文化は勝れ、学問諸芸遊伎等までも秀でている地の、其の堺の大小路を南へ、南の荘の立派な屋並の中の、分・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・恵子と似た前からくる女を恵子と思い、友だちといっしょに歩いていたときでもよくきゅうに引き返して、小路へ入った。恵子は大柄な、女にはめずらしく前開きの歩き方をするので、そんな特徴の女に会うと、そのたびに間違ってギョッとした。不快でたまらなかっ・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・下宿と小路ひとつ距て製糸工場が在るのだ。そこの女工さんたちが、作業しながら、唄うのだ。なかにひとつ、際立っていい声が在って、そいつがリイドして唄うのだ。鶏群の一鶴、そんな感じだ。いい声だな、と思う。お礼を言いたいとさえ思った。工場の塀をよじ・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・食の後仕末をしながら、すっとその気配を背中に感じ、お皿を取落すほど淋しく、思わず溜息をついて、すこし伸びあがってお勝手の格子窓から外を見ますと、かぼちゃの蔓のうねりくねってからみついている生垣に沿った小路を夫が、洗いざらしの白浴衣に細い兵古・・・ 太宰治 「おさん」
・・・途中、神社の森の小路を通る。これは、私ひとりで見つけて置いた近道である。森の小路を歩きながら、ふと下を見ると、麦が二寸ばかりあちこちに、かたまって育っている。その青々した麦を見ていると、ああ、ことしも兵隊さんが来たのだと、わかる。去年も、た・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・ちょうど中橋広小路の辺へ来た時に、上がったのは、いつものただの簡単な昼花火とはちがって、よほど複雑な仕掛のものであった。先ず親玉から子玉が生れ、その子玉から孫玉が出て、それからまた曾孫が出た。そしてその代の更り目には、赤や青の煙の塊が飛び出・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 有名な狸小路では到る処投売りの立札が立っていた。三越支店の食堂は満員であった。 月寒の牧場へ行ったら、羊がみんな此方を向いて珍しそうにまじまじと人の顔を見た。羊は朝から晩まで草を食うことより外に用がないように見える。草はいくら食っ・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
出典:青空文庫