・・・の日本の権力が戦争推進のためどんなに現実を歪めた観念を社会のあらゆる面に流布しはじめたかということと、近代市民社会の生活史をもたない日本の文化人が自身の内なる封建性と非社会性によってどんなにその強権に屈伏したか、それらとのたたかいは、どんな・・・ 宮本百合子 「序(『歌声よ、おこれ』)」
・・・というものが現代の日本の社会で経ている在りようを、享楽の対象としてではない面から描こうとされたところに、単なる通俗性への屈伏以外のものがある。「田園の憂鬱」の作者佐藤春夫の「心驕れる女」という連載物に登場する人物にさえ時代の空気が流れ入って・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ここから、四人称という観念の発明が提出されているにも拘らず、作品の主調はあり合わす現実に屈服して全く通俗化の方向を辿るばかりとなった。 観念的な用語の上では一見非常に手がこんでいるように見えて、内実は卑俗なものへの屈従であるような現実把・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 婦人の独自な条件に立って体育、知育、徳育の均斉した発達の必要と、家庭生活における夫婦の「自ら屈す可からず、また他を屈伏せしむべからざる」人性の天然に従った両性関係の確立、再婚の自由、娘の結婚にあたって財産贈与などによる婦人の経済的自立・・・ 宮本百合子 「女性の歴史の七十四年」
・・・その証明として、今度の第二次世界大戦に参加した日本の非道な軍事強行が進むにつれ、他ならぬこの純芸術性の擁護者であった中村武羅夫が先頭の一人となって、急速に、徹底的に日本の旧文学を、軍事暴力の政治抑圧に屈伏させた。そして文学の真に芸術としての・・・ 宮本百合子 「生活においての統一」
・・・そして、戦争の永い年月、人間らしい自主的な判断による生きかたや、趣味の独立を奪われていた一般読者は、無判断に、ほとんど封建的な「有名への」屈伏癖でそれを読み、うけ入れた。これははっきり自分たちの運命の民主化をおくらすことなのであったが――。・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・ 生命を権利も、それがたとい法律では保護され、飽くまで主張し得べく制定されてはいても、実際の生活においては、物質的、精神的により豊かな者、力強い者に、殆ど無条件で蹂躙され、屈服させられなければならない人々が、到るところに満ちているではな・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・で、何物にも屈伏することを好まない青年の自尊心を感じることの出来る者達程、此の日の二人の乱闘の原因も、所詮酒の上の、「箸で突いた」程度のことから始まったと自然な洞察を下して、また酒盃をとり上げた。 併し此の噂は村の幾宵を騒がせた。そして・・・ 横光利一 「南北」
・・・自分の内から出てやる自己否定という如きものも、実は内に喰い入っている外来の権威への屈服であると思っていた。それとともに自分の傾向や自分と偉大なる者との間の距離などは全然見えなくなってしまった。自分にだってそれは出来る、ただそれを実現していな・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・生活の困難に嘆かず黄金に屈服せざるは死を恐るる人にできる事でない。しかしながら吾人は生きるために食物を要する、食物のためには働く義務がある。世人がすべて仙人となり隠者となってははなはだ迷惑だ。トルストイ伯はかるがゆえに半農主義を唱えた、すで・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫